第11話 上司は突然に訪問する

「さてそろそろ昼だな。なに食おうかな」

 こういうときシイコは水しか飲まないから、トオルは自分の分だけ考えればよいので楽である。冷蔵庫をのぞいて、とりあえず納豆でも食うかとパックを取り出したとき、インターホンが鳴った。

「へーい」

 どうせたねもの屋だ、と思ってトオルは玄関ドアを開ける。ちょいちょい来ます、その言葉通り、ミヤコは一日一回彼の家にシイコの様子を見に来ていた。

 だが――――

「……幸野……?」

「主任! なんで!?」

 なんでと聞く必要は実際のところなかった。入ってきたノゾミの手に下げられていた袋からは、ぎゅうぎゅうに詰められたたくさんの食料品とフルーツと、飲料とお菓子と、とにかくいろんなものが顔を出していた。

「……見舞いに来たんだけど。熱出してるっていうから……」

 そうしてそのタイミングで、シイコがトオルの足の陰からひょこっと顔を出す。わあとトオルは慌てた。

「あの、主任、いや、この子は、この子はその、」

 ノゾミはいつもの冷静な顔に戻っていた。ただし余程重かったのだろう、荷物はその場に全部おろして。

「何……まさかあんたこの子の面倒みるために休暇とったの? キリンの幻覚見てるってのは嘘?」

 まさかと思ったが、幻覚の嘘を信じている人間が実際にいた。

「はあ、……ええ、まあ。……すいません……」

 いろんな意味ですいませんである。

「たったの一週間? ああこの前まで入れたら八日ね。土日入れて全部で十日。もう好っきなだけ育児休暇とれば?」

 すこし悪意のあるその言い方に、トオルは戸惑う。それは育児休暇を勧めたノゾミにももちろんだったが――

「いや、それがその、」

 言いかけたトオルを制しながら、ノゾミはずかずかと部屋に上がる。

「うわ……部屋ぐらいきれいにしなさいよだらしないわね、子どもには部屋のホコリってよくないのよ。母親は?」

「母親……いや母親は……」

「そういえばあんた、扶養手当の届け、出してた? こういうのはすみやかに出さないと。結果的に損するのはあんたよ、」

 ノゾミはいかにも総務部の職員らしく真面目な意見を述べた。トオルは実際、それを勧めてくれるのにうれしさもあったが、まずクリアするべき点があることには当然気がついていた。まだ何か言葉を継ごうとするノゾミに、たまりかねてトオルは叫んだ。

「あーあーあー、あの、主任!」

「何」

「あの、茶碗から生えた子どもでも扶養手当ってもらえるんですか」

「は?」

「だから、子どもが人間じゃなくても、育児休暇とか扶養手当、もらえるんですか」

 トオルの真面目な様子に、ノゾミは面食らった。

「……あんたは何を言っているの?」

 この場合、手当や休暇がもらえるか以前に、彼の懸念は【自分が親として認められるのか】それたったひとつである。

「だから、この子、人間じゃないんですよ。創立記念日のお土産で残った種。育ててみろって、主任の言った、種です。あれ茶碗に土入れて埋めたら、この子が出てきたんです! ほら証拠にこれ!!」

 シイコの頭の茶碗を指さしながら、トオルは必死に状況の説明を試みた。

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