第10話 言い訳は突然に思いつく

 突然に抱えることになった女の子と、非常に休みづらい仕事と、口やかましい上司の三すくみを想像しながら、とにかく先にすべきは休暇をとることだとトオルは考えていた。とりあえずいまは週末、月曜まであと二日。その間に言い訳を考えなくてはならない。

 だが具体的な言い訳が考えつかないまま、カレンダー通りに月曜日はやってきた。種から生まれた女の子――トオルはこの子に、シイコと名をつけた――は、とりあえず見た感じ【枯れる】こともなく、幸運なことに、トオルにもなついてくれていた。

 ため息をつきながら、トオルはスマホを手にする。シイコは相変わらず、くるくるとうれしそうに笑いながら部屋を走り回ったり、読めるのかどうかわからないが新聞を熱心に開いてみたりと、狭い部屋の中を自由に遊びまわっていた。

「…………」

 このまま電話をしなければ逆に電話がかかってくる。それも多分ノゾミから。それだけは避けたかったトオルは、またしても課長が電話に出てくれることを願いながら総務部に電話をかけた。

「……おはようございます、課長! ……あの、すいません、この前いきなり休暇とっといて非常に申し訳ないんですけど、あと一週間、休ませてもらえませんか」

 さすがに課長もトオルのサボりを疑ったらしい。電話口でそういうふうに言われて、トオルはもうすこしで「主任が怖いんです」と言おうとしたが、それもどうかと思って言葉を探していた。その瞬間、シイコが後ろからトオルの腋を勢いよくくすぐった。

「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 いきなりどうしたのかね、と、課長は若干引き気味になっていた。完全に気がどうかした会話になってしまった。こうなればそれをそのまま通すしかない。

「ああああすみません、熱です、熱でもうろうとしてまして、おおおピアノを弾くキリンの幻覚が見えるおおお。いまから寝ますんですみません、一週間、一週間休ませてください!!」

 電話を切ってから、トオルは「なんだよピアノを弾くキリンの幻覚って……」とため息交じりにつぶやいた。思いつきにしてはものすごい言い訳だったが、信じる人間が果たしているだろうか。しかもこの言い訳で、一週間もつのか。その間にシイコのことなどがどうにかなるのか。全くのノープランで話を進めてしまったことを、トオルはいまさらながら後悔していた。

 その間にも、シイコはトオルに遊んでほしいらしく、服を引っ張ってみたり、もう一度くすぐってみたり、べたべたと甘えてくる。トオルはトオルで、この二日の間にすっかりシイコと遊ぶのが楽しくなったらしく、追いかけっこをしてやったり、新聞を読み聞かせてやったりと、疑似子育てのような気分でシイコを構ってやっていた。

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