とあるバーにて

惟風

第1話

 眼鏡はね、人類が生み出した最高の装飾品だと思ってるんです。

 取り出してかける時のエレガントさとか、ふとした時にブリッジを指で軽く上げる仕草のセクシーさとか。たまらないんですよね。

 よく「自分は眼鏡が似合わないから」ってコンタクトにする人いるじゃないですか。

 眼鏡の似合わない人なんてね、いないんですよ。

 眼鏡姿に違和感を覚えるのは、普段の見慣れた姿と違うからってだけです。ちゃんと美しくもかっこ良くもなってますよ。

 自信持ってほしいと思いますね。

 鼻眼鏡はダメですよ、さすがに。鼻とヒゲがあるんで。あれが邪魔です。

 伊達眼鏡でも良いです。度が入ってる方が、レンズ越しに見える顔の輪郭線が歪んでてそっちの方が私の好みではありますが。

 実生活では不便なことが多いのが玉に瑕ですね、こればっかりはどうにかして技術が進歩してほしいものです。

 雨の日とかラーメン食べる時とか。暑い日は鼻パッドに汗がたまって不快なのもいけない。

 でも、曇ったり汚れたレンズを丁寧に拭く姿も素敵だと思います。男女問わずですよ。

 いやいや強制する気は無いです、そこは誤解されたくない。全然無いです。

 ただ、普段何とも思ってない人が眼鏡をかけたらドキドキするし、素敵な人がかけたらもっと素敵だなってなるし、って話です。

 眼鏡かけてる自分が嫌だって人に、ポジティブに見てる人もいるんだよって伝えたい。

 嫌な奴が眼鏡かけてたら、ですか?眼鏡に罪はないから、眼鏡を外してから殴ろうと思います。


 そうやってカウンター越しに絡んでいると、苦笑いしたマスターに「飲み過ぎですよ」と窘められた。

 2つ離れた席に座っている常連の今田さんも、呆れたように笑ってグラスを傾けている。

 何でこんな話をしてるんだったっけ?

 ああ、そうだ、今田さんに、私に恋人がいないことをからかわれて、そこから私の好みの話になったんだった。どんな見た目の人が好きか…なんて。

 それで何故眼鏡について話りだしたのかまでは、よく覚えていない。やっぱり飲み過ぎなのかもな。


「そんなに飲んで、明日遅刻しないでよ」

 優しく私に声をかけて今田さんは帰って行った。私も帰ろう。マスター、チェックお願いします。

 明日、午後から舞台を見に行く約束をしていた。小さな劇団だけど面白いから、と今田さんに誘われたのだ。


 二日酔いと格闘して何とかたどり着いた待ち合わせの駅前。

 私に気づいて軽く手を上げた今田さんは、見慣れない黒縁眼鏡をかけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とあるバーにて 惟風 @ifuw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ