第4話 独りを選んだ少年。

「どうかしたの?春瀬くん…。」

 と、彼女は不安そうな顔で見つめる。

「え?何が?」

 わざとらしく首を傾げる。

 目は逸らさない。

 嘘だと思われてはいけないから。


「だって、泣きそうだから。」

 彼女は悲しそうな声で言葉を紡いだ。

「…?錯覚じゃないか?」

 彼女からゆっくりと視線を外していく。

 緩んでいたらしい涙腺を引き締める。


「あ、のさ。部外者が口を出すのはどうかと思ってるけど…バンド、解散したのに未練は無いの…?」

 …聞かれたくない、言いたくない。


 なんでこうもズカズカと土足で人の心の中に入ろうとするんだ。

 言ったところで、迷惑になるだけだろう?

 足枷になって置いていくだけだろう?


「…別に無いけど。強いて言うなら、音が…曲が作れなくなったことぐらいかな?」


 ならば、彼女の為に屑を演じよう。

 いや、そのままの俺になろう。


「…そっか。…でも、なんでにこだわるの?大事なのはメンバーじゃないの?」


 …

 なんでこうも、なんで、

 ずるい、狡い、持っている人はそう言うんだ。

 認められない悔しさも、悲しさも、恐怖も行き場のない憤りも、何も知らない癖に!


がなくちゃ俺の意味が無いんだ。認めてもらえない。何より、俺のじゃなく人気だったのはだよ。それが事実。」

 彼女は身を乗り出し、

「でもさ!バンドのはるくんは楽しそうだったよ!本当は、本当はみんなの事を大切に思っ」

 バンッと勢いよく机を叩く。

 そして彼女を睨みつけ叫んだ。

「何が分かるんだよ!君みたいな人には、分かるわけないだろう!!俺の存在意義も!理由も!全部!!君の言うなんだよ!!! はるくんは俺じゃない!!本当のっ…俺のっ!凡人の気持ちなんか、君が知れる訳…。」

 思わず口から出てしまった言葉は、彼女を傷つけるのには容易かった。

 彼女はあの時のあいつらみたいに、何かが壊れた顔をしていた。


 …また、間違えた。

 …また、ダメになってしまう。

 それは、それだけは、もう、嫌だ。嫌なんだ。

 …本当は全部、全部!!


 気持ちを隠す。感情を沈める。鎮める。

 そうしなくちゃ生きていけない、息を吸えない。

 …大丈夫だ、呼吸をしろ、絶対に取り乱すな。


 このままでは、また間違えてしまう。

 今は、まだ間に合う。

 訂正するのは遅れない方が良い。


「…あ、ごめん。言い過ぎた。…でも、俺が生きているのは、死なない理由は、彼らじゃない、音楽なんだ。俺にとって曲は、じゃ、ない。がなきゃ、俺は生きていない。今も、昔も、きっとこれからも、ずっとそう…だから。」

「ごめんね、今のは私の言い方が悪かった。春瀬くんのせいじゃないから。…ごめんなさい。」

 言い終わると同時に彼女は頭を下げた。


 気まずい雰囲気を壊す為に話を変える。

「あはは、大丈夫だよ。…えっと、四季さんには未練というか、やりたい事ってあるのか?バンド以外にさ!」

 何事もなかったかのように笑って言う。

「あるって言えばあるよ。」

「なら、バンドよりそれを優先した方がいいんじゃ」

「でもね、春瀬くん。叶わない願いを口に出すほど私、バカじゃないよ?…努力じゃ手に入らない物もある。私、運悪いからさ、」

 仕方ないよね!と空元気で言うのだ。


 努力で手に入らないものはいくらでもある。

 俺はそれを知っている。

 血も涙も汗も報われないことを、知っている。

 彼女もそれを知っていた。


 その話は敢えて聞かないことにした。

 嫌なことには目を瞑るべきだ。

 蓋をして、押さえて、呪って、抱いていくべきだ。

 そして、自分から消えるべきだ。

 大人になるって、そういうことだ。

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season's 兎飼悠都 @redspiderlily1532

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