第3話

「お帰りなさい、お父さん」

 書斎に向かおうとしていると、声をかけられた。


 一人息子のマサシだった。

 来年二十歳になるマサシは、私に似て頭脳明晰な目に入れても痛くない自慢の我が子である。


 ただ、少し遅れて出来た子供だったので甘やかしたせいもあるのだろうか、覇気がないところが玉に瑕だ。


 180センチ近い身長とスラリと長い手足、程よくついた筋肉。

 顔のつくりだって良い方なのに、目が隠れるほど前髪を伸ばしていて背筋も曲がり気味でやや陰気臭いところも気になっている。


 昨今の若者らしいと言えばそうなのだが、まず野心を感じられない。

 私が同じ歳くらいの時には車、女、金と欲しいものがありすぎていつも目をギラギラさせていたものだ。

 しかし我が子には今まで浮いた話のひとつもないのだから、不思議でならない。


 少し前に会社の女性社員が自宅に仕事の書類を届けに来た際もまるで興味を持っていないようだった。

 エリとはタイミングが合って世間話もしていたようだが、いつもの様子で淡々と話している様子を見て心配になった。


 欲目かも知れないがエリのように豊満なものをぶら下げた美人を目にしても特に動揺する素振りも見せないなどあの年頃の男として有り得るのだろうかと思えたのだ。

 自分の子供に対して変かも知れないが、性欲はあるのかと問うたほどだ。


「それなりに普通にあると思うけど、筋トレしてると発散できるよ」

 あっけらかんと答えたマサシにジェネレーションギャップを感じずにはいられなかった。


「ああ、お前、大学はどうだ。家でパソコンばかり弄ってないで、サークルのひとつでも入ったらどうなんだ」

 マサシの趣味のひとつが機械いじりで、私には良く分からないがパソコンを自作して喜んだりしている。

 妻によると私の跡を継いで会社を経営することはやぶさかに思っているらしく、IT関係の企業に就職したいと言っているようだ。


「気が向いたらね。それよりまた株のコツを教えてよ」

「お前、まだ株遊び続けるつもりなのか。……まぁいいが、この前B社の株を買ったと言っていたな。あれはそろそろ損切りを考えておけよ」

「そうだね、損出てきてるもんね。また見とくよ。じゃあ、お休み」

「ああ、お休み」


 株を知っておいて損はないだろうと、マサシが小学生の時に売ったり買ったりを一緒にやって実践的に教えていた。

 まだたまにやっているとは聞いていたが、どのくらい儲けているのか。


 小学生の時からロジックなどの飲み込みも良く、勘も働く方だったので、経営者向きの性質だという印象だった。

 可愛い息子の意向は大切にしたい気持ちはあるが、どうにかして私の跡を継いでくれないものか。


 不況不況と騒がしい世の中にあっても財界、政界との繋がりも厚い我社にとっては何処吹く風なのだ。

 どこかの他人にくれてやるのは勿体ないと常々思っていた。

 書斎で一服しながら、マサシと本腰を入れて話し合いをする時期が来たなと思いを巡らせた。

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