第13話 粛清

 急ぐ旅になった一行は、夜になると街道脇の林の中で短い睡眠をとった。そして、まだ夜も明けきらない暗い内に移動を再開した。日が昇り始めると周囲の見通しも良くなったが、相変わらず村落らしい村落が見当たらない。誰からも情報を得られないまま闇雲に移動しているだけでは、早晩行き詰る。


 先日の雪が解けて街道は相当の悪路だ。馬車の車輪が泥をはね上げるので、最後尾にいるはずのコルヌが、たまったもんじゃないと、前に出てヴァンと並走し始めた。

 ヴァンはコルヌが真横に並んだところで、これからどうしたもんかと相談する。


「ここまで村が見当たらないっていうのもおかしい」


「ああ。何かが起こっていることは確かだろう。ただ、これじゃ確かめようもねぇ」


「コルヌはこの丘陵地帯を越えた先に何があるか知ってるか」


「ああ。だだっ広い草原だ。草以外何もない。鹿や山羊や狼はいるがな」


「人は住んでいないのか」


「『草の民』がいる。遊牧民だ。山羊や羊を何十頭もつれて移動しながら生活してる。草原は広い。だから何処いるかは分からない。運が良ければ出会うこともあるかもしれないがな」


 草の民か。あまり当てに出来そうにない。残念ながらここまで手掛かりらしい手掛かりを殆ど手にいれられていない。エデンの場所も教会の秘密も端緒すら掴めていない。


「シェーブルの市で聞き込みをしたとき、誰か村のことは言ってなかったか」


「いや、無かったな。みんな検問のことと衛兵やラグへの不満ばかりだった」


「そうか。それでもシェーブルでの人の往来を見る限りどこかに集落はありそうだったんだがな。市では近隣の村か来ただろう野菜や果物の行商もいたからな」


 ヴァンには疑問であったが、それについての答えは簡単だった。


「いや、このあたりの丘陵地帯はほとんどが麦畑だ。野菜も作ってるだろうが自分たちで食べる程度の量で、行商に出すほどは作っていないはずだ。行商人はおおかた西か東の村から来た者だろう。俺たちギルドの里も東の山裾にあったが、果物なんかはそういうところじゃないと取れない。まだ熟す前に収穫して、街に運ぶ間に荷台に寝かせておく。そうすると街についた頃に丁度熟れごろになるって寸法だ」


「なるほど。コルヌはそういうことは詳しいな」


「お前は小僧だったから知らんかもしれんが、里でも行商はやってたからな。そういえば、市には麦や粉を扱ってる店が一軒も無かったな」


 コルヌが思い出すように言った。確かに収穫した麦を売る店は見当たらなかった。

 これだけの麦畑だ。時期外れとは言え、村人が何か金に換えようと思えば麦しかない。商人を通じて街で売っているのかもしれないが、それでも市に一軒の店もないというのは逆に不自然だった。


 後背の馬車の上で周囲を観察していたポシェが声を上げる。


「誰かいる。街道の先に荷物をもった人が歩いてる。ちょっと遠いけど」


 よくよく目を凝らして見ると遠方に人らしきものが見える。


「とにかく、あの人に追いついて話を聞いてみようよ」


 そう言われて、一斉に馬の脚を速めた。


 近くまで行くと確かに人であった。背中に背嚢を背負った年老いた男である。コルヌが馬を進めて男に近付く。


「よう。あんた、これからどこに行く」


「ああ、村に帰るところです。お前さんたちは旅の人ですかい」


「まあ、そんなところだ。帰る村っていうのはどのくらい先にあるんだ」


「そうさな、このまま歩いていってあと一昼夜ってところですかな」


「ところでちょっと相談があるんだがな」


「なんでしょう。何かお困りで」


「ここのところあまり村を見かけなくてな、俺たちも野営続きなんだ。そこでだ、たまには屋根のあるところでぐっすり眠りたい。外だと寒くてなかなか眠れなくてな」


「なるほど。うちの村で一泊させてくれということですな」


「無理強いはしないが、切実ではあるんだ。代わりに馬車に乗せてってやるから」


「それは助かります。街から歩き通しで随分と足も疲れておりまして。歳のせいですかね。昔はこのぐらいの距離ならどうってことはなかったんですけどね。承知しました。村の家を提供しましょう。狭くて汚い家ですが、暖炉もありますから、寒さしのぎにはなりますでしょう」


 皆一様に安堵した。親切な人で良かった。正直、野営で体力が削られていた。特に女たちは寝ている間に体が冷え切ってしまい、どうにも体調が良くないと漏らしていた。ひとまず取引は成立だ。男を御者席の隣に座らせ、合わせて道案内をお願いした。


 村のおおよその場所を聞くと、馬車で半日強といったところだった。日暮れまでには着くだろう。ヴァンは村の男に疑問に思っていたことを聞く。


「この辺りには随分と村落が少ないが、何かあったのか」


「まあ、今に始まったことではないのですがね。」


「できれば詳しく教えてほしい」


 そうさねぇ、と言って男は淡々と語り始めた。



 元々この辺は森に囲まれて耕作地も少ないところだったそうです。それが魔法が使えるようになってから、作物の収穫量が格段に増えたそうで、徐々に森を切り開き畑を増やしていったと聞いております。


 魔法があれば人手が少なくとも広い土地を耕せますから、開拓はどんどん進んでいきます。それに合わせて人の数も増えていきましてね、私が小さい頃はそこいら中に村がございました。村同士で土地や水利を争ってのいさかいもあるぐらいでした。


 その頃には人手が余るようになってきましてね、私らの世代は、小僧の頃に一度はシェーブルの街に出されて商人や職人のギルドで奉公させられました。私なんかも木工職人のギルドに入れられて見習いをしておりました。おかげさまで年老いた今でも収穫期を過ぎると街に行って、ギルドで手伝いをさせてもらっています。ちょっとした小遣い稼ぎにもなりますんでね。今回も人手が足りないからと親方から呼ばれまして、ひと月ほど手伝いをさせてもらいました。そうして今やっと村に帰るところです。年老いたとはいえ、これでも腕は落ちてませんから、親方には何かって言うと頼られることが多くてね。三年前でしたかな、その冬も・・・


 年寄りは何故にこうも話が逸れていくのだろう。放っておくと昔の思い出話と自慢話になっている。ヴァンは老人の話を遮る。


「ちょっと、爺さんの話は村についたらゆっくりと聞かせてもらうから、村が少ない理由を教えてもらえるかな」


 ああ、すまん、すまんと言って男は話を戻す。


 私が奉公から戻った頃ですから、四十年ぐらい前でしょうか。作物の収穫量が減り始めましてね。災害や疫病が流行ったわけでもないですし、徐々に減っていくという感じでしたので、村でもあまり気に留めずそのままにしとったですよ。


 ところがその減少というのが止まらなくて。見切りの早い奴は村を離れて街のほうへ移っていきました。まあ、みんな手に職もあることですしね。しばらくはそんな感じでしたでしょうかね。


 十年ぐらい前ですか、とうとう村人が食べていくのもギリギリという量まで収穫が減ってしまいまして。大勢が村を離れるものだから、立ち行かなくなって完全に村を棄ててしまったり、隣の村と合わさるところなんかも出てきまして。そうやって少しずつ村の数も減っていきました。それでもその頃はまだ良かったんですよ。なんとかしようと、教会から司祭様を派遣してもらって魔法指導を受けたりもしてね。


 だいたい同じ頃でしょうか、突然に村人が夜逃げのようにいっぺんに居なくなるという、そんな村が出てきまして。いよいよまずいということで、わざわざシェーブルまで行って教会に相談したりもしておったんですが。この一晩で廃村になるというのが、いっこうに収まりません。一年で二つか三つの村がなくなるという感じでした。


 巷でも色々な噂が流れまして、夜逃げだというもの、盗賊に皆殺しにされたというもの、狼か野犬に食われたというもの、時には魔族に取り込まれて悪道に走ったのだというものまでおりました。ただ、一晩で人がいなくなるのですから、本当のことを見たものなどおりません。そうしている間に、いつの間にやら村の数は片手で数えるぐらになってしまいました。


 まあ、こういう次第ですので、正直に申しまして村が少ない理由の本当のところは私にも分からないのです。


 ヴァンは老人の話を聞いて胸が苦しくなった。廃村、司祭、魔族、嫌な言葉が並ぶ。察してか、ギルドの仲間も押し黙っている。


 あの事件が脳裏によみがえる。村の収穫量が減ってきて、教会の司祭を頼った。そして「棄村」という言葉と共に一夜にして村人が皆殺しにされた。きっとサルセ村と同じなんだ。誰のせいでもない、教会による粛清に違いない。


 沈黙を破るようにコルヌが老人に訊ねる。


「それで、村を棄てていった人たちはどこに行ったんだい」


「わかりません。とにかく逃げるところを見たものが誰もいませんので」


「何か手掛かりになるようなものとか話はないのか」


「そうですね。あくまで噂話ですが、ずっと南にいった大陸の端のほうに楽園と呼ばれる場所があるらしく、そこは作物も豊富で食べるに困らないと。みんなそこを目指していったんだとか」


「ほう。楽園とはまた大そうな」


「ええ。夢みたいな話です。結局、楽園は見つからずに旅の途中でみんな死んじまったんだろうというのが大方の意見ですけどね。楽園の名前はたしか『エデン』とか言いましたか」


 みな一斉に老人を見る。アリサまで荷台の帆を開けて御者席に顔を出す。


「ご老人。いまと言いましたか」


 男は吃驚びっくりして荷台のほうを振り返る。荷台の中に人がいることすら気付いていなかったらしい。


「誰か乗っているとは思わず急に人が出てきて驚きました。年寄りを驚かしたら命にかかわりますから、できれば勘弁してください」


「申し訳ありません。ただ、エデンという言葉が聞こえたものですから。実は私たちもそのエデンという場所を探して旅をしておりまして」


「そうでしたか。噂話で聞いたことなので不確かなものですが。確かに楽園の名前はエデンだったと思います。まあ、村で信じている者は誰もおりませんが。何せ私も長く生きておりますが、そのエデンなる場所に行ったことがあるとか、そこから帰ってきたなどという人には会ったことがございません」


「場所はどこにあるのですか」


「いや、大陸の南の端としか。とにかく、この街道をまっすぐに南に向かったところだと」


 なるほど本当のところは分からない。食うに困った農民たちが、夢見て話した想像の理想郷かもしれない。あるいは噂ほどの楽園では無いにせよエデンという名で呼ばれる土地があることは事実かもしれない。


 ヴァンは真偽はともかく話としては信用してよいものかとコルヌに訊ねた。


「にわかには信じられねぇ。ただ、この旅で初めて聞いたという言葉だ、無視もできない」


「言う通りだな。とにかく南か。ところで、さっき聞いたこの先の草原からさらに南はどうなるんだ」


「俺もあまり詳しくないが、もっと乾燥して、植物も低木がまばらに生えているだけの不毛の土地だと聞いたことがある。雨も少なく作物は育たないし、水に乏しいから人も住めないと」


「なるどほど。そこから先は」


「もう、わからねぇ。その不毛の土地がこの世の終わりと言われてて、そこから先の話は聞いたことがない」


 国の方々ほうぼうに出かけていて、仲間内でも地理に詳しいと言われているコルヌでさえ知らないのなら、他で情報を得ることも難しいだろう。可能性があるとすれば、一番身近な場所で生活している『草の民』か。


 ともかく、南に向かって進むしかない。


 御者席に座っている老人は、興がのったのか、隣のポシェを相手に、自分がどれだか職人として優秀かとか、奉公しているときに嫁さんと出会ったとか、そんな話を続けている。ポシェは老人の扱いに慣れているのか、上手いぐあいに相槌を打ちながら話に付き合っている。確かにポシェは同世代よりも年長の男性に受けがいい。酒場の大将にしてもしかりだ。


 しばらく進むと、村らしきものが見えてきた。男は立ち上がり目を凝らす。


「あれだ、あれだ。あそこが私の村だ。随分と早く着いた。皆さんのおかげだ、ありがとう」


 思った言葉をそのままに口に出して一気に捲し立てる。


 村に近づいてくると、先ほどまでの老人の元気はどこに行ったか、口数も少なく大人しくなってしまった。顔が俄かに引きつっている。


 村からは人の気配がしない。

 残雪に覆われヴァンたちには判別できなかっただ、村へ向かう細道があるらしい。老人は馬車を降りると、先頭にたって雪をかき分け進んでいく。ヴァンもその後に続いていく。


 村に入ると村人は一人もおらず、家ももぬけの殻だった。この村も夜逃げしたのか。男はあちこちの家の戸を叩きながら、誰か残っていやしないかと懸命に探している。村に帰ることを楽しみにしていた初老の男の落胆たるや見るに堪えない。誰も残っていないことが分かった老人は、諦めて家の軒下に座り込み嘆息した。


 ヴァンも村の中を回って家の中を覗いてみる。ふと見るとアリサが村の中央にある井戸の傍に生気を失ったように立っている。


「アリサ、どうかしたか」


 ヴァンが声をかけるとアリサは我に返って顔を上げたが、続く言葉が出てこず、口を開けたまま地面を指し示した。ヴァンは指差された場所を見ると、そこだけ全体的にこんもりと盛り上がっている。雪が積もっているにしても違和感がある。ヴァンは近づいていって、手近なところの雪を取り払う。見えたのは焦げた黒い物体と鼻をつく異臭だった。ヴァンはもう少し広い範囲の雪を払いのける。黒焦げになった死体がいくつも無造作に並んでいる。上を向いている者、横を向いて折れ曲がっているもの、様々だ。ギルドの仲間も集まってる。


 なんてひどい、遠巻きにグランの声がする。グランは今にも倒れそうなアリサの両肩を抑えて支えている。もしやとコルヌが確認するようにヴァンを見る。


「ああ、俺の時と一緒だ。教会による粛清に違いない。老人の話を聞いたときに嫌な予感はしたんだが口には出さなかった。でも、当たってしまったようだ」


 コルヌは深くゆっくりと頷く。


「昔、ヴァンの話を聞いたときそれは酷いことだと憤りもしたが、本当のところヴァンの村に何か特別な事情があったんじゃないかとも思っていたんだ。でも、とうとう俺もこの目で見た。人をわざわざ一箇所に集めて一斉に殺していやがる。焦げた死体をみるかぎり魔法で燃やされたに違いない。明らかに村の粛清だ。それ以外に考えられない。教会の連中は意図して村人を殺してやがるんだ」


 村に人の気配がしなかった理由は分かった。だが、どうすることもできない。


 「どうする。みんなで埋葬して弔ってあげようか」


 ポシェが近寄ってきて皆に意見を求める。

 何人が粛清されたのか分からないが、さすがにこの人数では全員の埋葬は無理だ。


「とりあえずは、このままにしておくしかない」


 ヴァンはそう言って、胸に手を合わせて黙祷した。皆もそれにならった。


 初老の男は座ったまま放心している。

 アリサは両手で顔を覆って嗚咽を漏らしている。


 これ以上、長居しても仕方がないので一行は先に進むことにした。今日は村で一泊できると期待していたのだが、さすがにこのまま村に留まることはできない。老人には一緒にエデンを目指すか誘ってみたが断られた。口ではシェーブルの街に戻って教会に訴えるといっていたが、暫くは動けそうにない。アリサが教会に訴えても無駄だと反論しかけたが、それをヴァンが制止して、気が済むようにさせてやれと、老人を村に置いていくことに決めた。


 細道を戻り街道に出たところでコルヌが聞く。


「車輪の轍や足跡がついたままだが、どうする。念のため分からないように細工しておくか」


「いや。このままでいい。追手が来るなら来るで構わない。連中にもこの教会の所業を見せてやる。普段は街に籠って偉そうにしているラグたちも、城の外で何がおこっているか自分の目で確かめたほうがいい」


 ヴァンはもう一度だけ村を振り返る。

 待ってろ、絶対に教会の秘密を暴いてやる。

  

 既に夜になっていた。今日もどこか野営の場所を見つけなければ。食事をとる気分にはなれなかったが、とにかく早く横になって寝りたかった。

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