第12話 シェーブル

 遠方に地方都市シェーブルが見えてくる。シェーブルは街の規模は教都ルブニールの半分にも満たないが、教都から最も近い街として人の往来も多く、教国の中でも有数の都市である。また、シェーブルの近郊で南北の街道と東西の街道が交差していることもあり交易の拠点ともなっていた。


 森を抜けた丘陵の上から眺めると、シェーブルに続く街道には交易のキャラバンや荷馬車が連なっているのが見える。このままいけば、夕方には街には着きそうだと言うと、今日は宿屋にでも泊まって多少はまともな食事にもありつけると、一行は活気づいた。


 街道が交差する付近には簡単な市が立っていて、近隣の村人が地産の作物や工芸品を販売したり、交易商が街で捌ききれなかった品々を安値で売っている。また、簡単な食事を出す店が露天に机を並べ、横で大道芸人などが踊りや芸を披露していた。


 ヴァンが到着したのがちょうど昼時だったこともあり、市は大勢の商人たちで賑わっていた。馬止めに馬車と馬を係留すると、それぞれに市を見て回っていた。昼を過ぎ多少人が減ってきた頃合いで、適当な店に入って食事をとることにした。テーブルを囲み注文した料理を待っていると、隣の席に商人の一団が疲れた様子で転がりこんでくる。


「いや、参ったね。これじゃあ今日中に帰れるか分からんな」


「ほんとだよ、入るに一刻、出るのに一刻じゃな。長いこと行商やっているが、こんに待たされるのは初めてだ」


「それでも、こっちは商人ギルド印があるからましだけど、村からきた行商や旅の人なんかは、尋問みてえに事細かく用件を聞かれてたしな」


「そうそう、衛兵も横柄な態度で威張りやがって」


 商人たちは席に着くなり口々に不満を言っている。


 気になったコルヌが愛想よく隣の商人に声をかける。


「おう。なんか大変そうだな。俺たちはこれからシェーブルに行こうと思っているんだが、街で何かあったのかい」


「これからかい。そりゃ今日中に街に入れるかもわからんぞ。閉門もいつもより早いって噂だからな」


「本当かい。でも流石にまだお天道様は真上にあるし、街に入れないってことはないだろう」


「それがよ、なんか教会が大規模なギルド狩りをやっているらしくてな。城門を通るのにギルド連中の手配書を片手に、あれこれ調べられるのよ」


 想像以上に手回しが早い。これではシェーブル滞在は諦めるしかないか。


「そこの街道のところからシェーブルのほうを見てみなよ。まだ城門前に馬車の行列ができてるはずだ」


「それにしたって大仰な。ギルドの連中は何をやらかしたんだい」


「聞いた話では教会のかなり高位な魔導士を誘拐して逃げたって話だ」


「そりゃ本当かい」


 とんでもない大事じゃないかと、コルヌが大袈裟に驚いて見せる。

 そうなると、俺は豪商の娘って聞いたとか、いやいや旧貴族の娘だ、誘拐じゃなくて娘を殺して逃げたんだ、などと口々に自分が仕入れた噂話を力説し始めた。


 多少、情報が錯そうしているようだから、いますぐ一行が怪しまれることはなさそうだ。アリサは三等魔導士の服を着ているから高位職には見えない。グランやポシェにしたって豪商や旧貴族の娘とは程遠い。とはいえ、このままシェーブルに易々と入れるとは思えない。


 隣の商人たちが相変わらず大声で騒いでいるのをよそに、皆は押し黙ったまま出された料理をただ黙々と食べる。ヴァンが口を動かさずに周囲に悟られない小声で話す。まず話を聞かれることは無いだろうが用心のためである。


「残念だが、シェーブル行きは諦める。早めに食事を終えて先に進もう」


 聞いていた皆は目だけで返事をする。所作ができないアリサは、それでも状況は察してか、我関せずという態度を装っている。


 食事を終えると一旦馬止めの場所に向かう。ポシェが遠眼鏡片手に街道の交差地点まで様子を見に行ってくれた。コルヌはもう少し情報収集をしてくるといって市に戻っていく。アリサには念のため馬車の荷台に乗り込んでもらい、人目に付かないよう隠れていてくれと頼んだ。ヴァンとグレンの二人は、この先当分の食料を調達しに市に買い物に行くことにした。街から来ている店でパンやチーズ、蜂蜜などを買い込み、近くの集落のものだという行商からは果物やピクルス、鹿の燻製肉などを買う。ワインも何本か手に入れた。酒はたしなむというようり防寒用だ。


 グランには、女性三人用に厚手のウールマントを調達してきてもらった。野営も増えそうなので防寒になるし、アリサにはちょっとした変装にもなる。男性陣は狩猟小屋から熊皮を二人分拝借してきたので、当面はそれでなんとか凌ぐ。騎乗中には着込むことはできないが、寝るときには十分だ。


 予定外の出費だが五人で宿屋に泊まったと思えばなんとかなる。ここまで路銀をほとんど使っていなかったことも幸いした。購入した物を荷台に積むと、アリサには早速マントを着てもらった。


 コルヌとポシェが揃って戻て来た。まずポシェが報告する。


「話の通り、シェーブルの城門前は長蛇の列だった。検問がどうとか関係なく普通にいっても今日中に城門をくぐれるかは保証できそうに無いよ。見ていた間も列はほとんど前に進まなかったし」


 続けてコルヌが市で拾った噂話を聞かせる。


「今しがた城門を抜けて来たって奴らに話を聞いたんだが、事実、手配書はあるようだ。ただ俺たちのってわけじゃなく、ルブニールのギルド仲間のほとんどが手配書扱いになっていて、いくつか特徴を聞いたが俺も知っている奴らだった。グランの手配書があるかは分からないが、俺やヴァンは完全に駄目だろう」


 逆に覚悟が決まった。とにかく南に急ごう。ルブニールからは早めに離れたほうがいい。辺境にいけば手配も緩いはずだし、南ならここよりは気候も穏やかなはずだ。


 一行は街道に出ると、交差地点で折れることなく、真っすぐ南に進んだ。まだ周りにキャラバンや行商の荷馬車が行き来しているので特に目立たずに移動できる。日の高いうちにできる限り遠くまで移動するつもりだ。




 同じ日の夜になって、シェーブルの街にアッシュ率いるラグの一団が到着する。最初の隠れ家を探索し、直前に人がいた形跡は発見したが、まだ雪が降るうちに出立したのか、その後の行方は全く追えなかった。仕方なく一番近い街であるシェーブルを目指し、休むことなく馬を走らせてきた。


 アッシュたちがルブニールを旅立つ朝には、ギルドの手配書を持った伝令馬が地方都市に向けて一斉に出ていくのを目撃した。伝令馬なら当日中には着ける距離のシェーブルであれば、早々に検問が開始されたことだろう。


 迎えに出たシェーブル常駐のラグによると、一昨日の午後から検問は始めているそうだ。今のところ手配書に該当する者は見当たらないそうだが、状況を察して街に近寄らないのであればそれでも良い。アッシュらにとって一番見つけにくいのは大きな都市で人混みに紛れ込まれることだ。国土広しと言えど、村々を転々としている限りはどこかからか必ず情報が入ってくる。田舎の人間は余所者よそものを好まない体質で、こういう手配関係のことには協力的だし、教会に対しても従順だからだ。


 夜通しかけてシェーブルをまで疾走してきたこともあり、馬も休ませたかったので、部下には朝までの休息を言い渡した。アッシュは副官のクロケットと共に常駐するラグの詰め所に出向き情報収集するとともに、地図をみながら明日以降の行動を検討した。


 アッシュの予想では、一団は食料の調達にまずはシェーブルを目指して移動したはずで、検問の状況を見て街に立ち寄らなかったとすれば、問題は街道の交差地点からどちらの方角に向かったである。明日は、交差地点の市に立ち寄り情報を集めることにした。アッシュの分析はかなり正確であった。このままいけば早晩追いつくはずである。



 翌朝、アッシュたちは街道に市が立ち始めると早速聞き込みを開始した。


 怪しいと思われるいくつかの情報がもたらされた。やたらとシェーブルの街のこと、検問のこと、手配書のことを聞き回っていた男がいたこと、女性もののウールマントを三着も買っていった女がいたこと、交差地点で遠眼鏡で城門の様子を伺っていた者がいたこと、などである。手配書を見せながら確認すると、最初の男はコルヌという男、遠眼鏡の女がポシェという女で、この二人はルブニールに住むギルドのメンバーであることが判明した。マントを購入した女は手配書では確認できなかったが、女の特徴を確認すると、どうやら教会が雇った世話係の女のようだ。女には一緒に連れ立って食料を買っていた男がおり、こちらは手配書で面相が割れ、ヴァンという若い男だということが分かった。


 まずはギルドの連中だと思って間違いない。合計四人。これに魔導士のアリサを加えると五人の一団になる。シェーブル周辺ではキャラバンなどの往来に紛れてしまうが、街から少し離れてしまえばかなり目立つはずだ。正しい道筋を追跡してさえいれば、いずれ追いつくことはできるだろう。後は逃走した方角だ。


 アッシュたちは市を離れ、街道の交差地点に場所を移して聞き込みを続けた。往来する商人らはラグと見ると避けて通ったり、だんまりを決め込んだ。あるいは、検問についての不満や文句、嫌み、悪口などこれでもかと浴びせていった。


「これじゃ商売あがったりだ。損した分はラグが変わりに払ってくれるのかい」


「今回の取締りは元はと言えばラグが原因らしいじゃないか。自分の不手際でこっちに迷惑かけんな」


「ギルドだってそんな悪い連中じゃねぇだろ。なに必死なってんだ。役人が暇なだけじゃねぇか」


「罪もねぇ人間ばかりとっ捕まえて、ギルドのほうがよっぽどマシってもんだ」


「そうそう。ラグなんざ糞の役にも立たねぇことばかりやりやがって、儲け話の一つも持ってこいってもんだ」


 アッシュははらわたが煮えくり返る思いだったが、いちいち付き合ってもおれず、無視して聞き取りに集中した。


 こっちだって商人なんて奴等は好きではない。我々はれっきとした教会の職務としてやっているのだ。自分の都合と儲けのことしか考えない商人とは立場が違う。巧みな会話で相手を丸め込むことと金勘定が得意で、人を見ては態度を変える。自分に益があると思えば平気で卑屈な態度になって人に取り入ろうとするし、下手と見れば途端に横柄になる。あんな失態さえしなければ、この薄汚い連中に愛想を振りまく必要もなかったはずだ。


 考えれば考えるほど、怨嗟の気持ちは逃走中のギルドへ向かう。見つけたらただでは置かない。アリサ魔導士については生きたまま連れて帰れと言われているが、ギルド連中については特段の指示はない。抵抗するなら命を奪ったって良いのだ。

アッシュは苦々しく奥歯を強く噛んだ。


 しばらく聞き込みをしていると一行を見たという者が現れた。街の者で行商からシェーブルに帰る途中、似たような一団とすれ違ったというのだ。南北につながる街道を南へ進んでいったという。一団の様子や姿形を確認するとまずアリサたちに間違いない。 アッシュは周辺で聞き込みを続けていたラグを集めると、街道を南へ追走することを告げ、出発の準備をさせた。

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