第2話 盗賊団

 ヴァンは司祭に伴われ、夜の内にサルセ村から一番近い町の教会支部に連れていかれた。教会支部に到着すると、司祭と従者は教会の建物に入っていく。ヴァンは別の下男に連れられ、教会の入り口付近に止めてあった馬車で待たされた。


 しばらくすると、教会の建物から司祭に随伴していた従者が現れ、馬車の御者席にいた下男に一言二言話しまた建物に戻っていった。従者から指示を受けた下男は何も言わずそのまま馬に鞭を入れ、馬車を走らせると別の場所へとヴァンを運んでいく。


 ヴァンは移動中もずっと泣いていた。どうしていいのか、何が起こったのか、これからどうなるのか、頭が混乱し何の答えも得られぬままひたすら泣き続けた。


 一時間も走っただろうか。森に囲まれた一軒の館の前で馬車は止まった。まだ夜半で辺りは暗く、サルセ村から出たことも無いヴァンにとっては、自分がいったいどこに連れて来られたのか皆目見当もつかなかった。目の前に見える館は古びた石造りの堅牢な建物で、館というよりもどちらかというと砦といったほうが適当なぐらいである。


 馬車から降ろされたヴァンは下男に連れられ、館の正面ではなく建物の右側面の石壁につくられた木戸から建物の中に入るように言われた。木戸の内側は玄関というより単なる踊り場で、正面と右側は石壁に遮られ左に地下へ降りていく階段が続いていた。ヴァンは下男に促され階段を下りはじめたが、下男が木戸を閉めてしまうと、一切の明かりもない暗闇に包まれた。


 どこまで続くか分からない階段を手探りで壁伝いに降りていく。三度ほど折り返すと階段が終わり先へ続く通路が現れた。通路は奥に向かって三十メートルほどの長さで、突き当りにある壁には明かり取りの小窓が開いているため、階段を下りているときよりは周りの状況が見て取れた。通路の両側に鉄の格子で区切られた牢がいくつか並んでいる。周りに人の気配やごそごそと動く音も感じられ、他にも幾人か牢に人がいることも分かった。ここは罪人が収監されている牢獄なのだ。


 下男は、一番手前にある誰もいない牢にヴァンを強引に押し込むと、南京錠をかけ、いそいそと来た道を戻っていってしまった。下男は教会の建物を出てから、終始無言で一言も発しなかった。


 ひとり牢に取り残されたヴァンであったが、この頃にはいろいろ頭で考えることが出来るようになってた。ヴァンにとって牢獄は物語の中のものであって、本当に世の中に存在するものとも、まさか自分のような子供が入るようなものとも思っていなかった。罪人が処罰のために入るのが牢獄なのであれば、自分は罪人なのだろうか。牢のすみのほうで膝を抱えてうずくまり、今夜の出来事について考える。



 僕は悪いことなんかしていない。悪いのは司祭様じゃないか。


 父さんも母さんも、村の人たちも、みんな司祭様に殺されたんだ。


 誰も悪いことなんかしてない。なんで殺されなければいけないんだ。


 僕はこの目で見たんだ。司祭様が使う魔法のようなものでみんなが殺されたのを。


 僕は魔法のことは分からない。魔法を使えない。

 

 でも昨日見たのは人を殺す魔法だった。


 本当に見たんだ。嘘じゃない。


 ピカッと光って、僕らのところに飛んできて、ずぶずぶと体に突き刺さって。


 それでみんな体中から血を流して。苦しんで悶えて死んでいった。




 ・・・でも。


 僕の体に突き刺さったものは、何も起こさなかった。痛みも感じなかった。


 ただ、光の矢が体をすり抜けていた。


 なんで僕だけ。僕だけが傷つかず生き残っているの。


 魔族の子。

 そう言われた。確かに聞いた。


 僕はだから助かったのだろうか。


 もしかすると、司祭様が本当は魔族で、だから人間である父さんや母さんを殺して、僕は司祭様と同じ魔族の子供だから一人だけ生き残ったのか。


 いや違う。僕は絶対に魔族の子じゃない。僕は父さんと母さんの子供だ。


 だって、二人ともいつも言っていた。


 「ヴァンは父さんと母さんの自慢の息子だぞ」って。


 僕は魔族の子なんかじゃない。



 ・・・でも。

 

 僕は魔法が使えない。それは僕が魔族の子だからなのかもしれない。


 魔族の子だから、人間が使う魔法が使えないのかも。


 昨日、司祭様が使った人を殺すような魔法なら使えるのだろうか。


 人の役に立つような魔法が使えなくて、人を殺す魔法だけ使える。

 そんなの嫌だ。だったら魔法なんて使えなくていい。



 でも、でも、でも、でも。


 ヴァンは一晩中、自問自答を繰り返していた。いくら考えても堂々巡りで分かったことなどひとつも無かった。





 ガチャガチャという音で目が覚めた。少し眠っていたらしい。


 明かり取りの小窓から薄っすらと日が差し込んでいる。どうやら夜が明けたようだ。徐々に音が近づいてきて、三人の男が階段を下り通路を歩いてくる。先ほどからガチャガチャ鳴っていたのは鍵束のようだ。看守の男だろうか、一人がヴァンが入っている牢の鍵を開けた。錠を外し扉を開くと看守の背後に立って別の一人に拘束されていた罪人らしき男を牢に押し込み再び鍵をかけた。看守は幾度か南京錠を引っ張り、しっかり鍵がかかっていることを確認すると、にやけ顔で男を見据える。


「騒ぐんじゃねぇぞ、次のお達しがあるまでここで大人しくしてるんだ」


 それだけ言い残し、木戸に続く階段を戻っていった。


 男は大柄な偉丈夫で、両腕も丸太のように太かった。ヴァンの父も村の中では背が高く筋骨たくましい体躯であったが、男のそれは父を二回りほど大きくしたぐらい隆々としている。茶色がかった髪はしばらく手入れもされてい無いのかぼさぼさであり、顔中に無精髭を生やしていた。男はしばらく牢の中を見渡した後、不貞腐れたように床に横になって寝転がってしまった。


 ヴァンは男の威圧感に気おされ、森で熊にでも出くわしたかのように縮こまっている。怖かった。気付かないのであれば、このままずっと気付かないで欲しい。心ではそう思っているのに、恐怖で心臓の鼓動は激しくなり息も荒くなってくる。男の体がピクリと動いた。体を横たえたまま、ゆっくりとヴァンのいるほうに頭を向ける。


「先客がいるのか」


 目を細めて牢の角のほうを凝視し、ヴァンを見つけると驚いたように目を見開く。


「なんだ。小僧じゃないか。何して捕まったんだ」


 上体を起こし、四つん這いのままバタバタとヴァンに近寄ってくる。


「別に何もしやしねぇよ。おいこら、なんか言ってみろ。口きけねぇのか」


 そう言ってヴァンの前に胡坐をかいて座ると、ぐっと顔を近づけてくる。


 もう泣きそうだ。嫌だ、怖い。そしてものすごく口が臭い。


 ヴァンが顔を背けて縮こまっているのを見ると、今度は大きな声で笑い出した。


 牢獄中に響くような大きな声だ。案の定、どこかの牢から、うるせぇぞ、黙れ、と声が飛んでくる。男も口を閉じ声を殺して我慢するが笑いがとまらぬようで、腹を抱えて涙を流している。


 なんだよ。泣きたいのは僕のほうだよ。


 男はひとしきり笑ったあと、ヴァンから少し距離をとって正対に座り直す。


「悪い悪い。そりゃそうだ。いきなりこんなたちの悪そうな大人に問い詰められたら震えあがるわな。悪かったな小僧。でも、まあ、なんだお前が小僧だとしても牢なんてとこで会ったのもなんかの縁だ。言うなれば牢仲間ってやつよ。俺の名前はブルーノ、無作法で悪いがよろしくな」


 急に砕けた口調で話してくる。悪い人ではないんだろうけれど、何を言っているかヴァンにはさっぱり分からない。


 いや、悪い人でなければ牢には入らないから、悪い人なのか。



「小僧、おまえ名前はなんていう」


「ヴァン」


「ヴァンか。いい名前だ。それでいつから牢にいる」


「昨日」


 ブルーノは気安く話しかけてくるが、目の前に座る大男が善人か悪人かも分からない状況では、ヴァンは到底心を許す気にはなれない。終始下を向いたまま、聞かれたことにだけ答えるのが精一杯だった。


「昨日か。まだ、入ったばかりだな。それで、小僧のくせに牢に入れられるなんて、何しでかしたんだ」


「何もしていない」


「何もしてないのに、牢には入れられることはないだろう。答えたくないのか」


「いや、本当に何もしてないんだ」


「うーん。じゃぁ、昨日、何かあったのか」


「死んだ」


「誰が」


「父さんと母さん」


「なんだ病気かなんかか。一緒に牢にいれられていたのか」


「違う。村にいて殺された」


 ブルーノの目つきが変わる。威圧感のある怖い時の顔だ。


 ヴァンは部屋の角でそれ以上動きようがないほど壁に寄って座っていたが、さらに恐怖の分だけ壁に体を押し付けるように後ずさる。


「誰に。盗賊かなにかか」


「司祭様」


 ブルーノの目に力が入ったように見えた。何か思い当たる節でもあるのか、特に驚いているふうでは無かった。顔をうつむけ腕を組み、片方の手を顎にあてて無精髭をさすりながら考え込んでいる。うつむけた顔はそのままに目だけをヴァンに向け、話を続ける。


「司祭が村に来て、お前の父さんと母さんを殺したんだな」


「そう」


「ほかの村の人は」


「全員殺された」


「お前はそこにはいなかったのか?どこか別の場所に隠れていたのか」


「僕もにみんなと一緒にいた。全部見ていた。でも僕だけ死ななかった」


 ヴァンの心がざわついた。昨晩の光景がよみがえり、体が震えて涙がでてくる。


「昨日、何があったか話せるか」


「村に司祭様が来て畑を見て回った。夜になって広場に全員集められて、みんなで司祭様の話を聞いた」


「なんと言っていた」


「難しくてよくわからない。って言ってた」


「棄村か。それで」


「司祭様が小さな声で何か言って、光る魔法を使って、みんなのところに矢のような光が降ってきて、みんなに刺さって血が出て・・・。僕にも矢が刺さったんだけど、大丈夫だった。それで気づいたらみんな死んじゃってて。父さんも母さんも、村の人もみんなみんな死んじゃって」


 ヴァンは、そこまで言うと声をだして泣いた。涙がとまらなかった。


 頭の中がぐちゃぐちゃする。

 父さんや母さんや友達や村の人の顔が頭の中でぐるぐる回る。周りにいた人がバタバタと倒れ悲鳴やうめき声が聞こえてくる。教会にあるステンドグラスの赤いガラス越しに見ているように、回りの様子や人の顔や草も木も空もみんな赤く染まって見えた。


 ブルーノはヴァンが落ち着くまで黙っていた。

 落ち着きが戻ったヴァンは初めてブルーノに視線を合わせる。


「なんで、僕だけ助かったか分かるの」


「それは、分からない」


「魔族の子だからなの」


「魔族の子。そう言われたのか」


「僕は魔族の子なんだって。だから僕は助かったのかもしれない」


「そのなことあるわけがない。魔族も魔法で攻撃されれば傷を負うし死にもする」


「そうなの?」


「そうだ。そうじゃなければ、伝承にある魔法を使った戦争なんて無かったことになるし、魔族が闘いで負けることも無かったろう。ヴァンに魔法の攻撃が効かなかったのは本当なんだろう。だからって魔族とはなんの関係もない」


「関係ないの。僕は魔族の子じゃないの」


「ああ。そうだ。ところで、その司祭の名前は分かるか」


「知らない」


 ブルーノの言うように僕は魔族の子なんかじゃなく、司祭様の勘違いなのだろうか。


 じゃぁ、みんなが死んで僕だけ助かったのは何故なんだ。


 ヴァンはまた膝を抱えて考え込んだ。ブルーノもしばらくはその場で黙考していたが、やがてのっそりと起き上がると、何も言わずに鉄格子のあたりまで戻り、床に寝転がってしまった。


 その後は、互いに干渉せず何かを語ることも無いまま、それぞれの時を過ごした。間にパンとチーズと水だけの簡素な食事が二度ほど出たが、食事の間も特に会話はなく黙々と食べた。


 二度目の食事の時に、ブルーノから一つだけ質問された。


「ヴァン、おまえ魔法は使えるか」


「まだ、使えない」


「まだ・・・。そうか、分かった」


 それだけで質問は終わりブルーノはまた口を閉ざした。ヴァンも何か話したほうが良いかと思ったが、何と声をかけてよいか分からず、そのまま黙っていた。やがて小窓から差す赤みを帯びた光が通路の奥まで伸びてきて、二人がいる牢の前まで差し込んできた。


 もうすぐ日が沈む。一日が終わる。





 日が沈み切ってしまうと牢内は闇に包まれる。雲が流れているのか、時たま月明かりが差し込むこともあるが、再び雲に隠れてしまえば他に灯りのない牢内は完全な暗闇に包まれる。


 突然、建物の周囲で何かが爆発するような音に起こされた。膝を抱えた姿勢のまま、いつの間にか寝っていたようだ。上階でドーンドーンと立て続けに数発の爆発音が鳴る。にわかに階上が騒がしくなり、看守か衛兵か口々になにか叫びながらドタバタと走り回っている。ブルーノはゆっくりと起き上がると、牢の扉の前まで腰を低くした姿勢で移動する。すこしは闇になれた目で、ヴァンはブルーノの挙動を見守る。何が起こっているのだろう。


 月が雲間に顔をだしたのか、牢内にまた薄明かりが差し込む。暗がりでは目が慣れたといっても何とか人とわかる程度の塊を見ているようだったが、多少でも明かりがあればもう少し体の部位まで見分けがつくようになる。目を凝らしてブルーノを見ると、振り返ることなく手だけを後方に突き出して手招きをしている。頭で考えたわけではないが、多分そうしたほうが良いのだろうと思い、ヴァンもブルーノがしたように低い姿勢のまま膝下を家鴨のように動かして近づいて行った。ブルーノの真後ろまで移動すると、そのまま動かずにいた。ブルーノも声を発せず最小限の動きしかしていないので、ヴァンも何か指示されるまでは音を立てないようにしていようと思った。


 しばらくすると、階段の影から物音も立てずに一人の男が現れた。いつの間に入り込んだのだろう。木戸が開く音も階段を下りてくる足音も聞こえなかった。


 男は二人が入る牢の鍵を開けながら低い声でブルーノに声をかけた。


「オヤジ、遅くなってすまない。オヤジがどこに監禁されているのか、居所を調べるのに時間がかかっちまって」


「ああ、問題ない。有難い助かったよコルヌ。それにしても、良くここにいるって分かったなあ」


「あちこち探していたら、いつもの移送係の野郎が教会からガキを一人、馬車で運ぶのを見つけて。ガキなんで仕事じゃないかとも思ったけど、あのクズ野郎に咎人を運ぶ以外にできる仕事なんてあるわけねぇから、そのまま後をつけてみたんだ。しばらく隠れて様子を見ていたら、案の定、朝方になってオヤジが同じ館に連行されてきたってわけさ。それで夜になるのを待って、ドッカーンとね」


「なるほどな。偶然にしちゃぁ良くできてる。ところでそのガキっていうのはこの小僧のことか」


 ブルーノは後ろを振り返りヴァンを指さす。錠を外し門扉を引き開けた男がブルーノの肩越しに覗き込む。


「おお。そうだ、そうだ。このガキだ。オヤジと同じ部屋にいたとはな」


 ブルーノは体ごとヴァンのほうに向き直る。


「どうやら小僧は、俺の命の恩人らしい。お前のおかげて仲間が助けに来てくれた」


「逃げるの」


「そうだ。これも不思議な縁だ。お前も来るか」


「いいの」


「ああ、もちろんだ。一緒に来い」


 そういうと、ヴァンを片手で抱え込み牢の扉をくぐった。


 助けに来たコルヌという名の男は、隣の牢のカギを開けると中から出てきた男の囚人に何か話している。今度は、その囚人がコルヌから鍵束を預かり、他の牢のカギを次々と開けていく。


「オヤジ、とっとと行きましょうや。後は他の囚人連中が看守たちの目を引き付けてくれるはず」


 音を立てずに階段を上っていく。その後をヴァンを抱えたブルーノが同じように足音をさせずに続く。階段を上っていくと木戸のある踊り場の少し手前の石壁に大穴が開いていた。なるほど木戸が開く音がしなかったのにも合点がいく。穴から顔をだし、左右を確認したコルヌが何か手で合図のようなものを送ると、コルヌ、ブルーノと順に大穴をくぐり一気に森のほうまで駆け抜ける。うまい具合いに月が雲に隠れあたりは暗く目が効かない。


 ブルーノがヴァンを抱えて走るのは、子供の足では遅くなることと、それ以上に足音を消して走れないことが理由なのだろう。この暗がりの中、音もなく動かれたら気付くことなどできない。振り返ると、館の正面から衛兵が数名が駆けつけてきたが、あとから大穴を飛び出してくる囚人達が散り散りに逃げたため、釣られるように各々おのおのが勝手に囚人を追いかけ始めた。


 もう見つかることはないだろう。目指す方向が分かっているのか、迷うことなく森の中を突っ切ると、やがて街道に突き当たった。道の手前の森の中には馬が二頭止めてある。後は馬で逃げるようだ。馬の傍らまで来てようやく足を止めると、ブルーノに抱えられていたヴァンも地面に降ろされた。二人とも相当疲れたのか肩で息をしている。コルヌがおもむろに上半身の服を脱ぎ、脱いだ服でそのまま体の汗を拭き始めた。牢では暗くてよく分からなかったが、コルヌも負けず劣らずの長身で、体つきはブルーノよりはやや小さく見えたが、それは余計な脂肪を極限まで絞り込んだ秀麗な体躯だった。加えて驚いたのは声や話し方から想像していたイメージと違ってまだ十代後半と思える若さであった。


 ヴァンは森の中を抱えられて走る中で、ずっと思っていたことを口にした。


「あ、あの、助けてくれてありがとう」


 コルヌが破顔して答える。


「なーに気にするな。なんといっても小僧は、オヤジの命の恩人だからな」


「さっきからオヤジとか言っているけど、あの、ブルーノとコルヌって何者なの?」


 二人は顔を見合わせて笑い、今度はブルーノが答える。


「俺たちは盗賊仲間さ。囚人を助け出す正義の盗賊だな」


 盗賊に正義も何もあるもんか、ヴァンはそう思った。


 表情で察したのかブルーノはヴァンに向かって優しく諭す。


「いいか小僧。善や悪なんてものは見る側によって真反対の意味になる。その判断は自分にしかできない。実際に目で見て、よく人の話を聞き、自分の頭で考えるのが何より大事なんだ」


 とても大事な話に聞こえるが、ヴァンには難しくてよく分からない。


 オヤジはいつも言い方が小難しいんだ、とコルヌが翻訳する。


「簡単に言えば、牢に捕まってるから悪人だとは言い切れねぇってことだな。小僧も含めてな。俺たちが善人か悪人かは自分の目で見て確かめろってことだ」


 なるほど、少しだけ分かった。


 ブルーノがコルヌに向かって、驚いたように目を見開き、ひどく感心したように幾度も頷いた。


「なんだよオヤジ、馬鹿にしやがって。俺にだって多少の知恵はあるさ。オヤジの話が回りくどいのがいけねぇんだ」


 そう言われたブルーノは、さらに輪をかけて首を大きく上下に振り、大袈裟にうんうんと頷く。


「なんだよ、それは雄鶏のダンスかなにかか」


 そう言っていってコルヌは笑い出した。


 ヴァンもなにやら可笑しくなって一緒になって笑った。


 二日振りの笑顔だった。

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