決めた。

南璃杏(みなみ りあん)

『私』という人生の第1話

あるアニメを見ていた。22話ある内の11話を見終わった。親は、学校の勉強にやっと手を抜けるようになった私に向かって、「いい加減にしろ」と怒鳴る。いつもなら反抗して全部見てやろうと、親と全力で喧嘩してまで見ていたかもしれない。でも、今日は11話で止めておいた。


タブレット端末をリビングに置いて2階に上がる。ベットに寝転がる。そして、目を閉じた瞬間、頭を駆け巡る。

そのアニメの為だけに作られたOP曲。感動と場面の動きを音で体現する挿入歌。合わせて画面に映し出される、0.1秒ごとに姿を変えてしまう映像たち。

そのすべてが今の私を支配する。


―これがもし、小説から出来たものだったら。―


ふと考えた。

さっき見たアニメは漫画から出来ているのだが、

『もしも小説からだったら。』と。


そして思った。

ここまで、見る人に感動と興奮を与え、心に残る作品を、私は作れるのだろうか。と。


この業界は、誰がどう見たって才能主義だ。才能がない者は蹴落とされ、笑い者になる。そうならないくらいの、誰かに憧れてもらえるくらいの才能は、私の中にあるのだろうか。無限の可能性を捨ててまで、この道を歩きたいと思える、思わせる存在になれるのだろうか。



私は英語ができる。周りからすれば、秀でた才能の1つだと思う。ある日の夕食の時間、父親に将来の夢を聞かれたとき、英語が良い方向で使えればそれでいいと返答した。じゃあ例えばと父親の口から出てきた職業は、どれもスケールが世界規模で、私にはこれらを目指せる権利があるのか。そう驚いた。自分の可能性が無限にあることに気づかされた。



今14の私は、岐路に1人ポツンと立っている。後ろを見るでもなく、周りを見渡すでもなく、かといって前を向いて歩き出すわけでもない。1人、自分の足元を見ながら、ただ呆然と立ち尽くしている。


本当は勉強した方がいいのかもしれない。寝る間を惜しんで小説を書く必要なんて、どこにもないのかもしれない。誰も私の書く文章に、興味なんてないのかもしれない。

それでも書くのは、小説が、物語を作るのが大好きだからだと思う。だったら、英語でも何でも捨てて、どんな喜びも、悲しみも、怒りも、寂しさも、全部。ありったけの自分を、言葉にしてぶつけてやろう。私に進めと無責任に言う、本棚に並べられたやつらに、同じもので対抗してやろう。と

心の底から思った。



14歳の冬、クリスマスムードに包まれ始めた12月。

小説家になることを決心した。

親には当分言わないだろう。でも、もう決めたんだ。

私は私を武器にして進むんだって。


私は、この物語の世界を、冒険する旅に出る。

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