第7話 実録‼ 両サイドにずらりと並ぶ老婆の話


 香竹は結構釣りが好きです。どちらかというと夜釣りをします。

 と言ってもシマノのロッドにリールはステラだとか拘るわけでも、ミラクルジムそこのけのテクでフィールドを沸かせるガチ勢でもなく、車で30分の堤防から安物の竿にブラクリぶら下げて餌付けて投げるだけの慎ましいものです。

 職場や休日の自宅では一寸でも時間の空白ができることに堪えられずジタバタジタバタしている香竹ですが、竿先を眺めている他何もせず夜風に吹かれるスナフキンの如き静かなひと時を楽しむというのは中々に乙なものです。主にアナゴを狙いますが、たまに外道でドンコとかヒガレイとか、外道の大当たりで40cm超のアイナメとか釣れたりします。

 あ、今回前置きが長いので一応。


 ところで、香竹が去年まで働いていた部署は会社の中でも五指に入るうちの中指に相当するといわれても決して過言ではないブラックで、残業三桁は当たり前50連勤はザラ(※)という過酷な環境の上に(働き方改革は却って俺達リーマンの首を締め上げた)、人手が足りないからか平社員の香竹が複数現場の監督と当該事業の実績管理を丸投げされるという鬼のような状況で、まさしく地獄に生きる屍のような日々を送っておりました。

(※労基に触れかねないので単位が「日」なのか「時間」なのかは明言しません)

 そんな日々の中、ある八月のお盆の中日(お盆休みなんか無え)、今日は定時上がり明日の土曜は一日休みという年に数回あるかないかの巡り合わせが廻ってきたのです。

 この2,3日は仕事の都合で夜の2時出勤22時退社睡眠時間2時間弱。超眠い。疲労マックス。

 ……釣り行きてえ。

 もう、自宅に戻り釣り道具を車(5年払いのスズキの軽)に乗せていつもの釣り場にまっしぐら。

 釣りを始めて30分もしないうちに50オーバーのアナゴをGET。これが実は泥沼。まるっきり釣れない時ってのは割とすんなり諦めもついて21時過ぎには竿を畳んじまうモンですが、初っ端からヒットがあると二匹目の泥鰌狙いにずるずると日付を跨いじまうもんなのですね。気を付けましょう。それから深夜1時過ぎまでアタリなし。

 まあ、ボウズじゃないし2ヶ月振りに職場自宅以外の風に当たれたんだし良しとしようか。帰ろ。


 と、この辺からおかしくなる。


 クラッチを探す。ない。そりゃそうだ。マニュアルの業務車両じゃなくてオートマのマイカーだ。

 右折しよう。右折ってどっちだっけ? 自宅に行くのは直進だ。

 対向車が来た。ハイビームを落とす。何で前がこんなに真っ暗なんだ? ライト全部消してた。

 あれ、今の信号? あ。

 ……え、なんであんなに道路の両側に人がズラッと並んでんの? え、うそ


 ケタケタケタケタ!


 「―――っ!」

 ケタケタケタケタ!

 「う、うわ! ぎゃああああああああ!」

 素でこんな声が出た。

 思わず急ブレーキで車を止め、恐る恐る降りる。


 道路沿いに、両側にズラッと果てがないほど腰の曲がったお婆さんが真っ赤な口開いて高笑いしている。もう満面の笑顔で。

 

 そう見えたのは反射板のポールでした。


 この夜釣れたアナゴは翌日煮付けにして頂きました。美味しかったです(独身だから一人で調理・咀嚼)。

 

 超過勤務も程々に。


 というような話。


※昨今厳しい三密の括りで言えばフィッシングはグレーらしいので上述の内容についてはあくまで昨年以前の出来事であることを申し添えます。念のため。


 なお、今年度めでたく異動が叶い割と閑雅な部署に移りました(左遷ともいう)。

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