第10話:第1章-7

 棚に手がぶつかり、がたん、と椅子が音を立てる。

 台所から青年が心配そうに話しかけてきた。

「おっと。だいじようかーい?」

「だ、大丈夫よっ!」

 過去最大のどうよう。家族じゃない男の部屋に入った経験なんて今までにない。

 息を整え、木製の椅子に座る。

 するとちょうど珈琲を淹れ終えた青年が、カップをテーブルへ置いた。

「何か気になる本があったかな? はい、どうぞ。お口に合えば良いけれど」

「あ、う、そ、その……」

「変な子だなぁ。さ、お食べ」

 青年はカップといつしよに、おった小皿を差し出してきた。

 三角形に切られていて白い? 真ん中にいちごが載っている。

「食べたことあるかな? ショートケーキと言うんだ。ていでは売っている店もあるみたいなんだけど。珈琲が冷めない内にどうぞ」

「……………」

 だんの私なら、こんな得体のしれない男に出された物を口にはしないだろう。

 でも……でも、! なつかしい、珈琲の香り!

 小さい頃、母さんにミルクと砂糖をたくさん入れてもらって飲んだのを思い出す。

 それに……「?」と小首を傾げながら私に微笑ほほえくろかみの青年。

 ……何でかしら、彼を見ていると信用しても大丈夫だと思ってしまうのだ。

 まぁ、いきなり毒を盛られやしないだろう。たいがいの毒対策もしているし。

 お皿にえられた可愛らしいフォークを手に取り、小さく切って、お菓子を口に運ぶ。

 ──瞬間、大しようげきを受ける。

 何これ! 何これ!! 何これっ!!!

 白い部分はとても甘いクリーム。土台部分はスポンジで、中にも苺と白くて甘いクリームが層を作っている。どういうケーキなの??

 こ、こんなの食べたことないわ。お・い・し・い~♪

 はぁ、幸せ……。世の中に、こんな幸せになれるお菓子があるなんて……。

 今日のらい受けて良かった……。

 夢中になりつつも、小さい頃からの習慣通りに、フォークとナイフで綺麗に切りながら食べていると、おだやかな視線を感じた。

「美味しそうに食べるねぇ。作ったがあったよ。僕のもどうぞ」

 青年はがおで二個目のショートケーキが載った小皿を差し出してきた。

 ……はっ!

 わ、私は、な、何を、何を!?

 ──……ケーキは食べたいし受け取るけど。

「う…………あ、ありがとう。そ、その、と、とっても美味しいわ」

「良かった。はい、サイン」

 青年はペンを右手で回しつつ、左手で小さな紙を差し出してきた。

 ……すっかり忘れてたわ。

 受け取り、代わりにふうとうと小箱をわたす。青年が名乗った。

「自己しようかいもまだだったね。僕の名はハル。育成者をしてるんだ。ここで知り合ったのも何かのえんだし、役に立つ助言はいるかな? 第八階位冒険者のレベッカさん」

「結構よ。有りていに言って、あんたさんくさい──……!?」

 ! どうして、私の名前と階位を知って!

 私はとつに腰のけんに手をばそうとして──めた。

 そして、ふっーと息をくとフォークをにぎり直し二個目のショートケーキを小さく切って、口に運ぶ。

 青年は目を丸くしつつも楽しそうに言う。

「おや? りかかってくると思ったのに」

「……美味しいお菓子を食べる方を優先しただけよ。こんな時に、すいはしないわ」

「それはどうも」

 笑顔で勧めてくる青年。こうして近くで見ると童顔だ。一見、人族だけど……外見通りのねんれいじゃないだろう。

 長命種の代表格であるエルフやドワーフ、じゆうじんでもなさそうだ。

 着ている服はかなりの高級品。それと先程見たあり得ない品の数々と、本棚に置いてあった古書からも、こいつがただものじゃないのは分かるわ。

 敵意はなし。単にかんたいしているだけ。私への視線は最初から穏やかそのもの。

 もしかして、いいやつ……なのかも?

 ……って、ちがうっ!!!

 あ、会ったばかりの男に、何、気を許しかけているの、私は!

 すように質問。

「……どうして、私を知ってるの? それと……単刀直入に聞くわ。あんた、エルミアとどういう関係なわけ?」

「さーて、どうしてだと思う? ああ、エルミアは……他人ひとさまに説明するのは難しいね」

 こいつと私は初対面。それはちがいない。黒髪は目立つ。一度会えば印象に残る。

 と、なると……

「……エルミアの入れね」

 青年はカップをかかげた。

「正解。あの子とは、毎日、お茶の合間に色々な話をするんだ。君の名前はよく聞いてたから、すぐ分かったよ。『捨てねこがずっとねてる。助けてあげて』ってね。こういうやり方をするとは聞いていなかった」

「だ、だれが捨て猫よっ!!! ……けど、エルミアがそんな……」

「意外かい?」

 私は苺に、フォークをき立てる。

「……きつね。何時いつもなら『めんどうくさい。私はねむい』だけで終わるもの。話は、その、た、たくさん聞いてくれるけど」

「言いそうだね。君への助言は後でするとして、ちょっと失礼するよ」

 青年はそう言うと、こちらの返答を聞かないままに封筒をペーパーナイフで開け、読み始めた。

 中身は予想通り手紙らしく、文字を目で追いながら時折笑い出す。まるで子供からの便りを喜んでいる父親みたい。若い男が見せる表情じゃない。

 読み終わると次は小箱を手に取った。表のリボンをほどき、ふたを取る。

 すると──おそろしく強いりよくの波動があふれ出す。

「きゃっ!」

「ああ、ごめんごめん」

 あかい波動が肉眼で見える程だ。これはほのお属性?

 今まで感じなかったのは小箱にふうがしてあったせい?

 こ、こんなに強い魔力を封じていたっていうの!?

 ……こ、こんなの、並のほうが出来ることじゃないっ!

 私はきようがくして声も出せずにいるのに、青年はいとも簡単に小箱から綺麗な紅色をした小さな硝子玉のような物を取り出して少ししようした。

「……また大変な物を送ってきたなぁ。この前、話したことを覚えてたのか」

「ね、ねぇ、それは何?」

 おそらくはせき。しかも、恐ろしく質の良い。

 競売にかけたら、金貨数百じゃ……そんな私の予想を軽々飛びえ、青年はあっさりと、口にした。


「炎のほうじゆだよ」

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