第9話:第1章-6

「い、いや私は……」

「いいから、いいから。ここで会ったのも何かのえんたまには君みたいな可愛らしいちゆうけんぼうけん者さんと話すのもおもしろそうだ」

 青年はそう言って表の扉を押すと、廃教会の中にさっさと入って行ってしまった。

 なんなのよ、あいつ。……正直、入りたくない。

 けど、サインをもらっていないし、少し興味がいているのも事実。

 先に奥の部屋へ入っていった青年を目で追う。意を決して、私も扉の中へ。

「こっちだよ、早くおいで」

 奥から声。どうやら、居住空間は別らしい。

 だけど……そんなに奥行きあったかしら? 疑問を感じつつも追いつき、たずねる。

「ねぇ、どうしてこんな所に住んでいるの?」

「単にめぐりあわせかな。あと、案外部屋が広くてね、物置に便利なんだよ」

「物置?」

「見てもらった方が早いかな。さ、どうぞ」

 そう言って、やけに重厚な黒い扉を開けた。

 扉にはせい極まるもんしようり込まれている。これってほうじん

 でも、魔力は、何も感じないし、見たこともない。

「? どうかしたかい?」

「……何でもないわ」

 強がりつつ扉を潜りけると、そこには──

「!?」

 私は立ちすくみ、青年が楽しそうに笑う。

「ふふふ。その反応、ういういしくてうれしいね」

「な、何なの、よ、こ、これ……」

 そこは、まるで博物館のような場所だった。

 言葉が出てこず、周囲を見渡す。

 てんじようはアーチ状になっていて、すごく高く、所々にいろあざやかなステンドグラス。

 そして、天井に届くほど高いきよだいな木製のたな、棚、棚。それが数十列も続いている。

 手前の棚に収められているのは、無数のけんやりおの等の武具。私が持っている剣とは格が違う。全部、けんそうたぐいなんじゃないの、これ……。

 身体からだが自然と細い通路に引き寄せられていき、

「慣れないで入り込むと迷子になるよ? 気になるなら今度、案内しよう。今日はこっちだけを通っておくれ」

 という青年の言葉を受けて、止まった。

 り返ると通路なのだろう、一列だけかなり広めにはばが取られている。

 おっかなびっくり青年の後をついていくと、その通路だけでも次々ととんでもない物が目に飛び込んできて、心臓がその都度、動揺してしまう。

 明らかに上級と分かるせきや宝石の原石が無造作に置かれている。こんなの実家にいた時でさえ見たおくがない。

 その横の棚には強い魔力を帯びている無数の本がずらり。あの青い表紙の本。もしかして禁書じゃ?

 そうこうしていると、生物由来の素材がまとめられている棚の列が目に入って来た。

 きばつめ、毛皮、骨──どれもこれも、私が何時もっているようなじゆうじゃない。素材なのに凄い魔力を──……え? ひとかかえ程の大きさのしんうろこの前で立ち止まる。

 ……まさか、そ、そんな……おそる恐る近づく。

 先を進む青年へ問いかける。

「ね、ねぇ……これ、りゆうの鱗……じゃないわよね?」

「ん? ああ、それかぁ。えんりゆうらしいよ。『仕留めそこなった!』って手紙が来てたね」

「…………」

 何を言ってるのか理解出来ずぼうぜんとする。

 龍、龍と言ったのか、この男は。

 冒険者を志したならば、誰もがたおしてみたいと夢想する、あの龍と。

 青年の顔をまじまじとぎようする。先程と変わらず、そこにおどろきはない。

 彼は少しだけ困った表情を浮かべると、歩を進めながら、言い訳じみた口調で語り出す。

「昔、後押しをした子達がいまだに色々と送ってくるんだ。手紙だけで良い、と言っても、みんな聞き入れてくれなくてね……。また、棚を増やさないと」

 そのしゆんかん、私はジゼルの話を思い出した。


『その男は【育成者】を自称している』

『その男に育成を頼んだ冒険者は今や皆、大陸級である』


 ……まさか、本当に?

 私が目をはなせないでいると、青年は小首をかしげた。

「どうかしたかな?」

「あ……な、なんでもないわ」

「そうかい? 多分、今日、君が持ってきてくれたのも似たような品じゃないかな」

「!?!!」

 思わず持っている小箱を凝視する。

 え……? こ、これも……?

「さ、行くよー」

「あ、う、うん」

 そのまま進んで行った先にあったのはまた重厚な扉。木のような、金属のような素材……材料が全然分からない。

 あと、どう考えても、はい教会の敷地以上の広さなのは……魔法?

 でも、こんな魔法が存在するなんて、聞いたことも……。

 青年は私に構わず扉を開け入っていく。私はあわてて追いかける。

 ──そこは整理が行き届いている居住空間だった。

 年代物の木製テーブルとが数きやく。ゆったりとしたソファ。多くのジャムや茶葉が保管されている硝子ガラスだな。台所も設置されている。

 青年が手に持っていた紙袋をテーブルに置くと、食材を出して棚へっていく。

 天窓からの光がやわらかく差し込んでいて、まぶしい。

 窓の外には花々がほこる広い内庭。こうを花のいいかおりがくすぐる。

 きょろきょろしていると笑い声があがった。

 たんずかしさがみ上げてきて、思わず青年をにらんでしまう。だけど彼は特に気にした風もなく、一枚板のテーブルのそばの古い椅子に座るようすすめてくる。

「そこに座って。今、飲み物をれてあげよう」

「……結構よ。すぐに帰るから」

「そう言わずに飲んでおいきよ。とても美味おいしい珈琲コーヒーだよ? 甘い物もつけよう」

 美味しい珈琲!

 私の故郷であるレナント王国では紅茶よりも珈琲がよく飲まれていた。

 けれど、ていこくでは紅茶が主流。結果、珈琲はとても高い……。

 まして、ここは辺境。美味しい珈琲はう飲める物ではない。

 私はゆうわくあらがえず、おずおずとうなずく。

 それを見た男は満足気。口笛までいている。

 ……龍を倒すようなぼうけん者のしようには、とても見えないわね。

 椅子にこしかけたものの、男が珈琲を準備する間、なため、周囲を観察する。

 れいせいとんされている部屋。私がとまっている宿の部屋よりもほど綺麗だ。

 ほんだなには古びた書物が並んでいる。

 興味をひかれ、本棚に近づいてしげしげとながめてみる。

 手前にあったのは、百数十年以上前、全世界を旅したという世界最高の射手が記した大旅行記『千射夜話』。これは私も読んだことがあるわね。この世界の形を私達が何となく分かっているのは、この本のえいきようが大きいと思う。そうていずいぶん古い。

 ほかにも『六えいゆうと三神 その時代背景について』『八六合戦始末 序』『大魔導全書』『にせれんきんじゆつ大全』『巻き街発展記 上』など……分厚いあやな古書がずらり。帝国以外の物も多い。

 間にはみやくらくなく絵本。

 小さいころ、母に読んでもらった、子供向けの英雄たんがある。

 ふ~ん……こういうのも読むんだ。少し可愛かわいらしい。

 思わずみがこぼれ──ふと気が付く。あれ、ちょっと、待って。

 私、客観的に見たら──、


(見ず知らずの男の自宅に連れ込まれてる!?)

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