第22話 緊急連絡先

 俺は泰斗の言葉仮説を聞いて俺はふと平ちゃんの生い立ちの話を思い出した。彼は、親を知らない。その時はそれはそれでしんどいなぁとしか思わなかった。しかし、もし泰斗の言っていることが正しかったら・・・もしこっちの平ちゃんと自分の世界の自分が同じ位置にいたとしたら・・・そう思った俺はその場に居てもたっても居られず病室を出た。

 もし全てが俺たちの想像の範囲だったら・・・平ちゃんも俺もあの施設にいたってことになる。そしてその時代こそが、俺たちの運命の分かれ道。それさえ分かれば・・・俺は一人で盛り上がっていた。

 そして俺はこの世界でいうところの、平ちゃんの部屋の前に来ていた。鍵の形まで見事にあっちの世界と同じという幸運に恵まれ、俺は自分の家の鍵を平ちゃんの家のドアの鍵穴に入れた。

 面白いように鍵が回ったが、ドアは開錠されず、ロックがかかったままだった。

 俺と泰斗は顔を見合わせた。もしかしたら中で泥棒とご対面なんてことになったら、俺と泰斗では正直心許ない。

 だがそんな気持ちとは裏腹に、俺は普通に鍵を開けていた。

 気持ちいいくらい綺麗な開錠音が鳴り響き、ますます扉を開く緊張感が増した。

もし中に人がいれば今の音で確実に気づかれているはず。開けた瞬間に襲ってくるかもしれない。

 俺は泰斗と顔を見合わせた。こう見えて戦闘は泰斗の方が向いている。泰斗も俺の意図を読み取ったかは不明だが、俺は恐る恐る扉を開けた。

 玄関から廊下が姿を表すと、主人が帰ってきたと勘違いをするように、廊下の電気が付いた。俺の張り詰めていた緊張が一気に緩んだ瞬間だった。

 俺はそのまま入ろうと一歩踏み出した時、何かが俺の右腕を引っ張った。たどってみると、泰斗が俺の服の袖を軽くつかんでいた。

 「なぁ、本当に入るのか?なんかもう引き返せない領域に足を踏み入れる感じがする。」泰斗はまっすぐ扉の先を見据えながら言った。俺も泰斗を見ず、何も言わずに部屋へと足を踏み入れた。

 確かに、俺が今していることは紛れもない不法侵入という犯罪だ。しかし、それ以上に俺の中で芽生えてしまった探求心のつるが、俺を中へ引きづるように足を運ばせていた。

 俺は黙って部屋に入った。ベランダの窓が開けっぱなしになっており、割れたグラスが、落ちていた。

 「やっぱり俺たちが来たから、ベランダから逃げたのか?」泰斗はそう言いながら、ベランダへと駆け寄った。さすがにベランダの下を見ても人影はなかったようだった。

 だが、俺はそんな泰斗の行動に見向きもせず自然と体は、平ちゃんの情報を集めるために動いていた。まず、俺の部屋と同じ状況なら、何でもかんでもクローゼットの上の棚に、放っているはずだ。

 やはりこの部屋は俺の部屋と全く同じだ。棚の上に無造作にファイルに入れられた書類が置いてあった。しかもファイルまで一緒となると俺は、人の家を物色している感覚が次第に薄れていった。俺は、もう自制心というものはどこかへ行ってしまった。

 すると、平ちゃん名義のこの家の賃貸契約書を見つけた。これに書いてあるはずだった。俺は契約書の緊急連絡先の宛先を探した。

 俺名義の賃貸契約書とは、絶対違うところと確信が持てた。なぜなら俺は泰斗だ。だが、平ちゃんに泰斗に替わる相手はいないはずだ。

 俺は契約書の欄を指でなぞりながら、緊急連絡先を探した。そして俺の手が緊急連絡先の欄で止まった。俺はそのまま指を横にスライドさせた。

 そこに書かれていたのは懐かしい名前だった。この名前は間違いなく養護施設の先生の名前だった。

 俺はその名前を見て懐かしさと、何とも言えない安心感から勢いでスマホを取り出していた。

 もしこれで俺のことが分かればこの世界の俺もあの施設にいた。つまり施設にいた時代の俺たちが分岐点。

 しかし、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。ただ先生の声を聞きたい。俺と泰斗が引き取られてから十年以上が経つ。その月日だけ俺は先生と会っていなかった。

 電話の呼び出し音が響く中、俺はなんて話そうか、そもそも俺のことを覚えているのか?そもそもこの世界の俺が、施設にいた確証なんてなかったのに・・・

 すると呼び出し音が途切れた。

 「もしもし」相手の女性の声は恐る恐る声を出した。

 「あ、もしもし、時田です。時田雅志です。」俺の声は自然と震えていた。

 「時田・・・?」やはり覚えていないのか?いや、そもそも俺がこの施設にいないのかもしれん。俺は今までの仮説が破綻してもいいから、この施設に俺がいないことを願った。すると、電話口の女性の声のトーンが少し上がった。

 「もしかしてマーシー?」その一言に俺は安心してか、鼻の奥がツンとし始めた。

 「田中ですー。どうしたの?こんな夜中に。」田中先生はいつもと変わらない優しい口調で、こんな夜中に電話してきているにもかかわらず、気さくに対応してくれた。

 「すいません。こんな夜中に・・・・」俺はそう言いながら、平ちゃんのことを話した。

 「分かったわ。連絡ありがとうね。」俺は昔から先生にお礼を言われると嬉しくなった。

 「ところで、あなたは元気なの?テレビで最近見てるから元気なのはわかるけど、ちゃんと食べてるの?」そうだった。この世界での俺は有名人だった。なんだか急にちがう人の心配をしているように感じた。

 「おかげさまで何とか・・・」差しさわりのない答えしか返せなかった。

 「そう、」電話越しでも、先生の優しい表情が目に浮かんだ。

 「たまにはうちにも顔見せにいらっしゃいね。あの泰斗さんって方も是非一緒に・・・」

 「はい、分かりました。」俺はいろんな気持ちがまじりあい、簡単な一言しか出なかった。

   


     泰斗さんって・・・泰斗も施設にいたのに・・・・


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る