第21話 扉

俺はマーシーを追いかけていた。

 「おい、どうしたんだよ。マーシー!!」俺の呼びかけにマーシーは見向きもせず、黙ったままひたすらまっすぐ歩いていた。

 あのポケットラジオを使った瞬間、突然平ちゃんが現れたと思いきや、そのまま倒れこんできた。当然のことでしかも真夜中であるという情報だけで、俺たちは愚かにも平ちゃんを担いで、病院を探した。今思えば、なぜ俺たちは救急車を使わなかったのであろう?真夜中でも呼べるのに・・・

 だが俺たちの世界と同じ場所に同じ病院があったのは本当に幸いだった。俺たちは急いで救急の入口から入り、看護婦に変な目で見られながら事情を説明した。

 平ちゃんは担架で運ばれていったが、カップラーメンの三つ目が出来上がるかくらいのタイミングで、医者が現れた。

 「皆さんはご友人の方ですか?」医者の質問に対し、俺たちはお互いの顔を見合わせながら、どっちともとれるような返事をした。

 「親族の方に連絡が取れたりしますか?」その質問に対しても、俺たちははっきりと答えることができなかった。でも確か平ちゃんは本当の親に育てられていないという事を思い出した。多分このことはマーシーも知っているのに何も言わないという事は、俺も何も言わないほうが無難だろう。でも確かに俺たちみたいな、元々施設育ちの人間ってこういうときどうするんだろう?そういえば俺たちって・・・いやそんなことよりマーシーも俺も首を横に振った。

 「わかりました。とりあえず命に別状はありません。疲労とストレスで軽い貧血になってしまったみたいです。少し休めば大丈夫ですので、明日には退院できます。」俺たち二人は、少しほっとしながら平ちゃんの気持ちが少しわかるような気がした。 

 見た目は自分の見ている世界。でも実際は自分が存在していない世界。そんな場所で帰るあても誰にも頼ることもできなかった。平ちゃんにとっては相当のストレスだったに違いなかった。俺たちはとりあえず病室に入った。するとすやすやといい顔で寝ている平ちゃんがいた。どことなしか安心した表情に見えた。

 部屋に入って早々にマーシーは平ちゃんの荷物を漁った。しかし、びっくりするほどに何一つ持っていなかった。俺はその時ふとあることを思いついた。

 「なぁ、平ちゃんってどうしてこの辺に住んでるのかな?」それに対してマーシーは、少しあきれた表情で俺を見ていた。

 「なんでってどういうことだよ?」

 「いや、大体の人たちって仕事場が近いとか、実家が近いとかはたまたその逆だったりするじゃんか?」マーシーはまだあきれた表情をしていた。

 「だったらどうだっていうんだよ。」

 「いや、俺たちがあの部屋を選んだのって・・・」

 「前の家からうんと遠く、施設に一番近いから・・・」俺の言葉をマーシーが補った。

 「もし、俺たちと平ちゃんがさっきの話の関係だったら、俺たちの運命ってこっちでは平ちゃんがたどってるってことだよね?」その言葉を聞いてマーシーの顔色が次第に変わっていった。

 「という事はつまり平ちゃんも俺たちと同じ施設にいたのかもしれないぜ?」すると突然マーシーは何も言わずに、病室を飛び出していった。

 「ちょっと、マーシー。」さすがに夜の病院で大声を出してはいけないっていうのは俺にもわかっていた。しかし、出ちゃうものは仕方がない。確かに俺たちにとって、幼少期の記憶は正直思い出したいものではない。だけど今までだってこういうことはあったが、あんな顔して飛び出していったことは一度もなかった。明らかに様子がおかしい。

 いつもだったら一人にさせたりするのだが、今回ばかりはマーシーを追いかけた。

 病院を出てもマーシーは止まらなかった。

 「どこに向かってるのかだけ教えてくれよ。」するとようやくマーシーの口から言葉が発せられた。

 「お前の仮説がほんとかどうか確かめに行くんだよ。」その言葉の後に、何か言った気がするが、そこまでは聞こえなかった。とりあえずこれ以上の答えは返ってこなさそうだったので、俺は黙ってマーシーに付いて行った。

 しばらく歩いていくと、俺たちのアパートの前に立っていた。厳密にいえばここは平ちゃんのアパートだ。まさかマーシー。家に帰るつもりでここが自分の世界と勘違いしてる?俺はそんな疑いをかけながら問いかけてみた。

 「ねぇ。ここ、平ちゃんの家っていうのはわかってるかな?」すると、俺たちの部屋と同じ3階の一番左の部屋の窓を見つめながら、マーシーは答えた。

 「もし、あいつのいう通りここが平ちゃんの家なら、答えが出るかもしれないぞ。」

 「なんの?」すかさず反応した。

 「いろいろさ。」マーシーは似合わないさわやかな感じで返してきた。

 「待てよ。まずそもそもオートロックだぞ。鍵が・・・」そう言いかけていると、すでにマーシーが自分の家のカギで、オートロックを開けていた。

 「なるほどセキュリティもあったもんじゃないね。」そう言いながら俺たちはエレベーターに乗り込んだ。

 三階へ上がり、部屋の前に来た。マーシーはもうすでに部屋のカギを準備していた。マーシーは普通に鍵穴にカギを通した。すると気持ちいいくらいきれいに入り、鍵が時計回りに回り、鍵のロックが動く音が聞こえた。

 マーシーはゆっくりドアノブに手を伸ばし、ゆっくり倒した。しかし、扉は開かなかった。

 俺たちは顔を見合わせた。確かに鍵が回ってのにもかかわらず、扉が開かなかった。つまり、ずっと開いていたというだ。

 マーシーはもう一度鍵を回した。そしてそのままドアノブを倒すと今度は、扉が動き部屋の扉が開かれた。

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