第6話

 チヒロが俺をたしなめる。


「しっ、みんなに聞かれたら困るでしょ」


 確かに、こんな話を他人に聞かれたら説明が面倒だ。

 俺はすとんと椅子に座りなおした。


「ごめん」


「わかればいいのよ、わかれば」


「それで、トゥルーエンドって話だけどさ、『ミララキ』のトゥルーエンドって、チヒロが侯爵家の庶子であるサレス先生の心を開いて結ばれるってやつだろ、それ、三周回目でやったけど?」


「それはヒロインにとってのトゥルーエンドでしょ、そうじゃなくってこの世界にとっての真実トゥルーを見つけろってことよ」


「真実?」


「そうねえ、例えばリリーナ、私はあの子が人を毒殺するような子には見えないのよね」


「あ、それはわかる、リリーナの性格なら、毒殺するくらいなら正々堂々決闘を申し込みそうな気がする」


「でしょ」


 ゲームの中で語られる登場人物の人生なんてのは、その何十年もある時間の中のほんの一瞬だ。

 しかも観測者が『プレイヤー』である場合、画面に映し出されるのはその人生の一部分のさらに一部分……欠片にも満たないような、本当に小さな人生の断片だけだ。

 登場人物の人生の全てを、そして真実を知るにはあまりにも手狭い。


「つまり、ゲームでは語られなかった『真実』を見つけろと、そういうことだな」


「そういうことね、そして私たちは、その真実に近づきつつある……だってリリーナがちっとも悪役令嬢じゃないってことを、私たちは知っているじゃない?」


「じゃあ、あのパーティで飲み物に毒を入れたのは……」


「少なくともリリーナじゃないわね、だって、動機がない」


 確かに、ゲームの中では『アインザッハ皇子の寵愛を奪われた』という理由で悪役令嬢としてふるまっていたリリーナだが、この8周回目ではアインザッハを嫌っている様子がある。


「ていうか、私、思うのよね、この世界に私たちを呼び寄せたのは、濡れ衣を着せられて極悪人に仕立て上げられたリリーナの無念なんじゃないかって。だから、真犯人を見つけてあげたら何かが変わるんじゃないかって、そんな気がするの」


 チヒロの言葉に、俺はすぐには同意しなかった。


「その根拠は」


「女の勘よ」


「うう~ん、女の勘か、逆にそう言われちゃうと説得力があるのが不思議……」


 ちょうどそこへ、パタパタと足音を響かせてリリーナが戻ってきた。

 その手にはカップケーキだの飴がけした果物だの小さな焼き菓子を詰めた紙袋だの、ともかくこぼれそうなほどの菓子を抱えている。

 彼女は俺とチヒロが額を突き合わせて話をする距離感を見て、その場に凍りついた。


「何をしてますの……この……泥棒猫!」


 どうやらこの食堂では、どうしてもリリーナは『泥棒猫』というセリフを言う運命から逃れられないらしい。


 しかし、それに受け答えするチヒロのほうは気楽なものだ。

 グネグネと体を揺すりながら鼻声で謝罪の言葉を。


「あー、ごめんてー」


「まったくですわ。私がダレス様をどう思っているかご存知でしょうに、その距離感、ほんとありえないですわ!」


「そんなに怒んないでよー」


 もっとも、リリーナは言葉のキツさほど本気で怒っているわけではなさそうだ。

 むしろ凍りついて見せたのもおふざけの一つだったんじゃないだろうか。


 その証拠に、彼女は両手いっぱいの菓子を笑顔でチヒロの前に置いた。


「さあ、食べましょう、私、この『ワッフル』というものがとても気になっているんですの」


 彼女は無邪気に、菓子の山に手を伸ばしたが、俺は先ほど彼女が言ったひとことが、どうしても気になってしかたなかった。


「ねえ、僕のことをどう思ってるんです?」


「なんのことですの?」


「さっきチヒロに言ってたじゃないですか、『私がダレス様をどう思っているかご存知でしょうに、その距離感、ほんとありえないですわ!』ってー」


 俺のモノマネが似ていたからだろうか、リリーナがさあっと青い顔になった。


「私、そんなこと言いました?」


 これにチヒロが答えを返す。


「うん、言った。たしかに言った」


 リリーナは大いにうろたえた。


「そ、そんなっ! 私っ!」


 俺は別にSっ気があるわけじゃないが、ツンとした美人が取り繕いきれないくらいにうろたえて青くなったり赤くなったりするのは、ちょっとだけ加虐心を煽られる。


「ねえ、僕のことをどう思ってるんですって?」


 すっとぼけてさらに聞くと、リリーナが突然、跳ねるようにして席を立った。


「ああああ、私、生徒会室に行く用事がありましたわ!」


 リリーナはバタバタと淑女らしからぬ足音を立てて走り去る。

 それを見送って、チヒロが「フッ」と鼻先で笑った。


「ね、あれが悪人に見える?」


「見えないな、全く」


「ここまで七回、あの子がバッドエンドに落ちるのを見たのよね、八回目も、不幸になる彼女を見たい?」


「いや……」


 出来ればリリーナには、笑っていてほしい――いや、悪役令嬢だから笑顔なんてめったに見せないんだけどね。

 それでも今さっき、チヒロと会話していた時のように健やかに、幸せであってほしいと願ってしまうこの気持ちは……


「俺は、愛する女性ひとの泣き顔が見たいと思うほど鬼畜じゃない」


 俺の言葉を聞いたチヒロは、わずかに目を見開いた。


「愛する女性って、リリーナ?」


「そう」


「わかってんの、相手は私たちからしたら、ゲームのキャラクターよ?」


「てか、二次元に恋するなんてオタクおれたちにはありがちなことだろ」


「ちょっと状況が違うんじゃないかな、私たちにとって、今はここが三次元だもん」


「それでも……さ、彼女が悲しそうな顔をするのは見たくない」


「あんた、ちょっとだけかっこいいわね」


 チヒロは深くうなづいた。


「わかった、じゃあ、真犯人、探してくれるよね」


「ああ、もちろん」


 こうして俺たちは翌日から『真犯人探し』を始めた。

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