私は負けたことがない

加藤ゆたか

私は負けたことがない

 私は負けたことがない。

 いや、正確には、例えば三回勝負のルールだった時に三回のうちの一回を負けてしまうことはあった。しかし必ずあとの二回を勝って、最後は私の勝利ということになっている。



「マナちゃんはジャンケンでも負けたことないの?」

「そうだよ。」

 フフフ。みんなそれを言うよね。ジャンケンは運の勝負だとみんな思っているのだろうけれど、ジャンケンには必勝法ひっしょうほうがあるのだ。

「どうして勝てるの?」

「どうしてって、ジャンケンには必勝法があるんだよ。」

「そうなの? えー、教えて!?」

「みんなに教えたら私が勝てなくなっちゃうじゃない。教えられないよ。」

「もー!」

 カナはホッペをプーとふくらませて不満な顔をしてみせた。

 カナとは四月に新しいクラスになってからすぐに仲良くなった。それまではカナと同じクラスになったことはなかった。

 カナは私とは違ってかみは短くて眼鏡めがねをかけていて、笑うとえくぼが出来る可愛かわいらしい女の子だ。

「週末、タイシ君と映画に行く約束してるの。」

「……そうなんだ。」

 タイシ君はカナの彼氏だ。そして私の幼馴染おさななじみだった。先月、カナがタイシ君に告白して二人は付き合うことになった。本当は私の方がずっと昔からタイシ君のことが好きだったけど、今は二人が幸せならそれでいいと思っている……。これは勝負のうちに入らない。だって私は最初から戦っていない。



「ねえ、あっちに新しいカフェのお店が出来たの知ってた? 行ってみない?」

「いいけど、駅前のスタバでいいんじゃない?」

「よし、それじゃジャンケンで決めようよ。マナちゃんが勝ったら私のお店に行こー!」

「それ、なんかズルくない?」

「行くよー、ジャーンケーン!」

 ポイ!

 ほら、やっぱり私が勝った。

「もー、マナちゃんにはかなわないなー! マナちゃん、勝ちを確信するとそうやって笑うよねえ。じゃあ、お店行こっか。」



 カナが決めたお店は古い感じの外装がいそうで、入り口からなかの様子を見ることができない。あまり若い子が入るようなお店じゃない気がしたが、カナはそんなことは気にせずに扉を開け中に入っていった。私も後に続く。

 店の中は思ったよりも広く落ち着いた雰囲気ふんいきで、コーヒーのかおりにつつまれていて印象は悪くなかった。私たちの他にも数人のお客さんがソファのような椅子いすのテーブル席に座っていて私たちのような若い子もいるようだった。

「アイスコーヒーを二つお願いします。」

 お店のメニューはコーヒーとケーキが書いてあるだけのシンプルなものだった。

「それでは作戦会議を始めたいと思います。」

 カナが唐突とうとつに切り出した。

「作戦会議って?」

「もちろん、週末のタイシ君とのデートのだよ。もう四回目もデートしたのにまだ手もつないでないんだよ?」

「へえ、意外だね。」

「だから、マナちゃんに相談したくって。」

「うーん。」

 コーヒーが運ばれてきた。私はコーヒーにミルクとガムシロップを入れてストローでかき混ぜる。

「タイシ君って奥手おくてってことかな? 私の方から行った方がいいのかな? でもなんかそれもずかしいっていうか——」

 私はあまりこの話題に興味がかないな……。だんだん眠くなってきて、カナの言葉が全然頭に入ってこない……。目の前のコーヒーを飲めば飲むほど眠くなってくる……。もうまぶたが開かない……。



 気がつくと私は薄暗うすぐらい部屋に倒れていた。体を起こして周囲を見渡す。

 私と同じように倒れている人が数人……。

「カナ!?」

 私から少し離れたところにカナも倒れている。私はカナに近寄ちかよってカナの体を揺すった。

 息はしているみたい。眠っているだけ? そうだ、私も眠っていたのだ。あのお店でコーヒーを飲んでいるうちに眠くなって……。

「んー、ここはどこ?」

 カナが目を覚ました。

「わからない。カナもあのコーヒーを飲んで眠くなったの?」

「……そうかも。」



 次第しだいに他の人たちも目を覚ましたが、どうやら他の人たちも自分がなぜこの部屋にいるのかわかっていないようだった。

 私たちは部屋の中を調べてみた。ドアは一箇所いっかしょ。でもかぎがかかっている。

 この殺風景さっぷうけいな部屋にはテレビが一つだけあった。でも電源を入れても何もうつらなかった。他には家具も何もない。

「私たちどうなっちゃうの?」

 カナが不安そうな声でつぶやいたその時、唐突とうとつにテレビに男の顔が映った。

「ひぇ!?」

 丁度ちょうどテレビの前のゆかに座っていた男の人がビックリして声を出した。

「ようこそみなさん。皆さんにはこれからゲームをしていただきます。」

 テレビに映ったその男は話し始めた。



「これからこの部屋を出てもらうと、それぞれのかたごとに指示をりだしておきましたから、指示にしたがっておたがいにゲームできそい合ってください。勝者はこの中で一人だけです。」

 男がそれだけ言うとテレビは消えて、今度はドアの鍵がカチャリと開く音がした。

「どうするの?」

 さっきからカナはずっと私のそでつかんで離そうとしない。

 私もカナもドアに近づこうとは思わなかった。

「とりあえず外を見てみるか。」

 一緒にこの部屋に閉じ込められていた男の人の一人がドアに手をかけノブを回した。ドアはあっさり開いた。

 ドアを開けた先にはかべがあり、白い紙が一枚貼られていた。

 壁の左右には廊下ろうかがあるようだった。

「これを見てみてほしい。」

 男の人が壁の紙をゆびさしてみんなを呼んだ。



 ……紙には私たちの名前と誰がこれからどこに移動するかという指示が書かれていた。

「この指示に従うの?」

 私は他の全員に向けて聞いてみた。この指示通りにしたら私とカナは離れ離れになってしまう。

「他にここから出られる方法が無いなら、しょうがないんじゃない?」

 少し年上としうえふうのお姉さんが言った。

「カナはどうする?」

「……私も、今はそれしかないと思う。」

 こうして意外にも私以外の全員がこの紙の指示に従うことに賛成さんせいし、私たちは指示通りに分かれて移動することになった。



 私は部屋を出て右に、カナは左に行き、それぞれの数字の書かれた部屋に入るというのが紙に書かれた指示だった。私の部屋の番号は六番だ。

 六番の部屋に入ると、そこにはとなりの五番の部屋に入った男の人がいた。

 つまりこうやってそれぞれをゲームで対戦させようということか。

 部屋の真ん中に置かれたテーブルにはまた指示が書かれた紙が置かれていて、そこにはこう書かれていた。

『今回のゲームは、ダーツです。』

 ダーツならば私の得意な競技きょうぎだ。私がつねに勝てるのは運ももちろんあるが、勝つための努力をしまないということが一番の理由だと思っている。当然ダーツも毎日練習をかすことはない。

 ちらりと五番の部屋の男の人の顔を見たが、自信は全く無さそうだ。これから絶対に私が勝つ。



 私は全てのダーツの矢を中心に当てて五番の部屋の男の人に圧勝あっしょうした。

 カチャリと次に続くドアの鍵が開く音がする。

 部屋に置かれた紙の指示にはこの後はどうするのか書かれていなかった。この男の人と二人で先に進んでもいいのだろうか。

 私がかした男の人の方を見ると、男の人は部屋の一点を見つめて震えだしていた。

「え? 大丈夫ですか?」

「ああああああ!」

 男の人が急に叫びだしたかと思うと、足の方からスーっと男の人の体が消え始める。

「え? え?」

 私がおどろいて何もできないでいるうちに、男の人は完全に消えてしまった。

「どういうこと?」

 あの男の人はどうして消えたの? まさか死んでしまったのだろうか?

 私はしばらくこのダーツの部屋の中をくまなく調べてみたが、変なところは見当たらなかった。人が隠れられるような仕掛けも、映写機えいしゃきのようなものも、監視かんしカメラのようなものも何も無い……。

 私は仕方がないのでドアを開けて次に進むことにした……。



 ドアの先には廊下のような道が続いていて少し歩くとたりがあり、そこに指示が書かれた紙が貼り出されていた。

『次のゲームは迷路めいろです。対戦相手よりも早く脱出だっしゅつしてください。』

 迷路!? 対戦相手の姿すがたなど何処どこにも見えない。もうこの迷路の中に入っていったのか、それともまだか、他の入り口があるのかどうかもわからない。

 私はあせった。

 迷路は、片方の手を壁に沿わせて歩いているうちに最後は必ずゴールに辿たどり着ける。

 ……しかしそれは時間に制限がなければの話だ。今は脱出の速度を競っている。そんな悠長ゆうちょうな方法では心許こころもとない。

 それに、負ければあの男の人のように体が消えてしまうかもしれないのだ。

「……。」

 私は少し考えて確実な方法を選んだ。壁に沿って歩く。いや、走る!!



 私は走った。毎朝五キロ走ってる私でもどれだけの距離を走ればいいのかわからないのは不安だった。

 体感的に十キロは走っただろうという頃、あの年上風のお姉さんとすれ違った。あの人が対戦相手だったのか。迷路の中をさまよい歩きつかれヨロヨロとしていた。あの人が向かっている先はさっき通った。行き止まりだった。私の選択は間違っていなかった。これは勝てる!

 そして私は迷路のゴールに辿り着いた。あのお姉さんがどうなっただろうかと考えるのはやめた。

 ゴールにあったドアを開けるとそこにはテーブルが一つと椅子が二つ置かれていた。テーブルの上にはオセロがあった。



 この部屋には指示が書かれた紙が無かった。対戦相手もまだ来ていない。

 しかし、何のゲームをすることになるかは想像が付く。私は椅子に座り、テーブルの上のオセロのばんを見た。

 やがて、この部屋のもう一つのドアが開いた。私が入ってきたドアとは別のドアだ。この部屋には二つのドアしかない。

 ドアを開けて部屋に入ってきたのはカナだった。

「カナ! 良かった、無事だったんだね!」

「マナちゃんだったら絶対に勝ち残ってると思ったよ。」

「……カナもゲームに勝ってここまできたんだよね? ……ゲームに負けた人たちはどうなった?」

「みんな消えちゃった……。ねえ、あの人たちはどうなったの? まさか死んでないよね?」

「……わからないよ。」

 カナがテーブルの向かいに座った。

 私は最初のテレビに映った男の言葉を思い出していた。勝者はこの中で一人だけ……。



 もしも、負けた人間はみんな消されてしまうのだとしたら。私がカナとゲームをしてカナを負かしてしまったら、カナは消えてしまうということだ。

 私はカナを見た。カナは私と再会してホッとしたのかこの部屋の中をキョロキョロと見渡す余裕よゆうもできた様子だ。

「ねえ、カナ。私を信じて、私の言う通りにオセロのこまを置いてくれる?」

「どうして?」

「私、このゲームの秘密がわかったと思う。」

「さすが、マナちゃんはすごい! わかったよ!」



 私は白、カナを黒にして、カナから私の指示通りにオセロの盤上ばんじょうに駒を置いていく。最初はどうしても白の方が多くなる。オセロはかどのマスを取った方が有利だ。……私は角のマスにカナの駒を配置するように指示する。

 私にとって、この『ゲーム』の勝利条件は何だろうと考えていた。私は友達の命を犠牲ぎせいには出来ないし、カナは私の大事なタイシ君の彼女でもある。私にとっての勝利条件……、それはカナが生き残って元の生活に戻ることだ。そのためにこのオセロはカナに勝たせる!



 あと数手で勝負を決するというところにきて、カナの手が止まった。

「どうしたの、カナ? 次はここに打って。」

「ねえ、マナちゃん……。これってどういうことなのかな?」

「どうって?」

「……どう見ても私の黒の方が少ないじゃない。もしかして、私に指示してるのって私に勝つためだったの? そんなのってズルくない?」

「ち、違うよ!」

「私ね、マナちゃんがタイシ君のこと好きだって気付いてたの。気付いていてタイシ君のこと好きになって、タイシ君のこと盗っちゃったんだよ。……マナちゃんは私のこと、ほんとは恨んでるんじゃないの? 私のこと消そうとしてるんじゃないの?」

「そんなことないよ! 私は、カナに勝たせるために指示を出してたんだよ! ほら、あともう少しでカナが勝てるから!」

「……じゃあ、どうしてマナちゃん、さっきから笑ってるのよ? ……勝ちを確信してたでしょ。」

「え?」

 私を見るカナは少しも笑っていなかった。ギロリと私をにらみ、私が指示したマスとは違うマスに駒を置いてしまった。

「ダメだよ! 戻して!」

 私がカナの置いた駒を退かそうとしても駒は全く動かない。

「カナ! 話を聞いて!」

 カナは私の駒もうばって、あっという間に駒を盤上に置いてしまった。

 黒は白をひっくり返せないまま、白の圧勝……。

「うわああああん!」

 カナはうつむき泣きながらドンドンとテーブルを叩いている。

「カナ……!」

 私がカナにろうとした時、私の視界しかい暗転あんてんした。



「あら、目が覚めた?」

 目を開けた私は天井を見ていた。私がいるのはベッドの上だった。

 私に声をかけた女性はどうやら病院の看護師かんごしだった。

「ここは?」

「あなた、路上で急に倒れて救急車で運ばれたのよ。貧血ひんけつね。ちゃんとご飯食べてる?」

「……カナは?」

「カナって友達? 倒れた時、あなた一人だったみたいだけど。」

「そうですか……。」

 あれは夢だったのだろうか。カナはどうなったのだろう。

 私は自分の手と着てる服を見た。私はこんな格好かっこうだっただろうか?

 あれが今日の出来事だったかもわからない。

 ……これは現実? あれも現実? 私が負けたことがないというのは現実?



「あの……、看護師さん。」

「なあに?」

「ジャンケン、しませんか?」

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私は負けたことがない 加藤ゆたか @yutaka_kato

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