私達は私達に出来る事をした   作・クラリオン

 これが正しい事かどうかを私は知らない。それでも私達はこれしかできなかった。


 かつて先達は先達自身を含め、未来の為に切れる全ての手札を切った。ならば我々も、我々自身を使い潰してでも、彼らが勝ち取る未来への道を造り上げなくてはならない。全てはこの国の為に、そして天皇陛下の為に。








『止めろ、と言っても聞かないのだろう。ああ分かっているとも。全人類の未来の為、とまで言われれば、我々の全てなど安い物だ。人員も、物資も、好きなだけ持って行くと良い。あまり多く残されても我々が困る。ただ、一つだけ言っておく。ああ勘違いするな、恨み言じゃあない。




 残される我々はこれから、およそ思いつく限りの手段を以て道を造り続ける。時に誰かの命を使い潰し、誰かの運命を無理に捻じ曲げても。それでも、それが国の、国民の未来を繋ぐ為に必要であるというのならば我々はやる。俺や松山が退役するか死んだとしても、誰かが必ずその後を継ぐ。我々自身を含めた手札が無くなるその日まで。


 だから、絶対に彼の遊星を墜とせ。いつかこの星を滅ぼすという遊星を撃て。我々と、我々を引き継ぐ誰かが為す全てが無駄にならないように。いつか対超常課が使い潰す全ての命が無駄にならないように。いつか対超常課が捻じ曲げる全ての運命が無駄にならないように。未来を繋ぐために歪められる全てが無駄にならないようにだ。


 だから、必ず。頼むよ、課長殿』








-----




【SCP-1911-JP報告書】




(前略)




補遺1: 西暦1917年10月、サイト-19は日本から飛び立つ巨大な飛行物体を観測しました。それは第二宇宙速度で地球を飛び去りました。その後、1997年にシュメーカー・レヴィ彗星が観測され、木星軌道上で破壊された事が確認されました。この天文学的イベントには、カバー・ストーリー「木星への衝突」が流布されました。




(後略)




-----




防護巡洋艦〈畝傍〉


 一八八三年度計画に基きフランスに発注。一八八四年五月二七日起工、一八八六年一〇月一八日就役。一八八六年一二月三日、シンガポール出港後行方不明。捜索されるも発見されず、一八八七年一〇月一九日除籍認定。




防護巡洋艦〈秋津洲〉


 一八八九年度計画に基き一八九〇年三月一五日起工、一八九四年三月三一日就役。一八九八年三月二一日三等巡洋艦に類別。一九一二年八月二八日二等海防艦に類別変更。一九二一年四月三〇日特務艇に編入、潜水母艦に類別変更。一九二七年一月一〇日除籍。




戦艦〈陸奥〉


 八八艦隊計画に基き、一九一八年六月一日起工、一九二一年一〇月二四日竣工。一九四三年六月八日、柱島泊地にて、主砲火薬庫爆発事故により沈没、調査の結果浮揚計画は断念されたとされる。一九四三年九月一日除籍。




航空母艦〈飛龍〉


 マル2計画に基き、建造。一九三六年七月八日起工、一九三九年七月五日竣工。一九四二年六月六日、ミッドウェー沖にて沈没。一九四二年九月二五日除籍。




二等巡洋艦〈仁淀〉


 マル4計画において巡洋艦丙として建造予定。開戦直前に起工取止。




夕雲型駆逐艦


 マル急計画において建造が計画。仮称艦名第348号艦より第355号艦まで建造取止。予定艦名は〈妙風〉〈清風〉〈村風〉〈里風〉〈山霧〉〈海霧〉〈谷霧〉〈川霧〉。




改夕雲型駆逐艦


 改マル5計画において建造が計画。仮称艦名第5041号艦より第5048号艦まで全艦建造取止。予定艦名は順に〈山雨〉〈秋雨〉〈夏雨〉〈早雨〉〈高潮〉〈秋潮〉〈春潮〉〈若潮〉。




-----




《大日本帝國海軍艦政本部対超常課》


・団体概略


 艦政本部対超常課(以下対超常課)は、旧帝國海軍における唯一の公的な超常技術取扱部局でした。海軍省麾下艦政本部の派生組織であり、艦艇や航空機に用いられる超常技術の研究開発や、敵対的異常実体により喪失した艦艇の情報偽装処理、海上における対超常対処など、多岐に渡る役割を担っていたとされています。




・注意事項


 対超常課は一九四五年九月に解体されました。現在までに、後継組織、もしくは残存勢力と推定される組織は存在しません。保有していた異常物品については全て回収に成功しています。したがって、現在は準要注意団体として記録されています。




・資産


 現在、対超常課の後継組織あるいは残存勢力と推定される組織は存在せず、終戦時に残存していた資産は、在籍艦艇(戦艦1、航空母艦1、巡洋艦2、駆逐艦4)を含め、全て蒐集院へ譲渡され、後に財団日本支部へ引き継がれました。それらの中で危険度が高いと判断された以下の資産については日本支部によって収容プロトコルが定められています。




1.戦艦〈秋津洲〉:木星衛星軌道上を航行している木製戦闘型航宙機動プラットフォーム。SCP-1911-JPに指定。




2.航空母艦〈黄泉海神〉:ミッドウェー諸島近海を潜航状態で航行している艦艇。SCP-1942-JPに指定。




-----








「なんだあのデカブツは」




 一九四五年五月。タイランド湾の海中。




「――ナガト・タイプに見えますが、断言はできません。駆逐艦のサイズから考えれば戦艦なのは間違いないでしょう。連中、こんなところに戦艦出せるだけの余力が……?」


「しかも護衛付きだ。まともな戦力は無いんじゃなかったのか、畜生」


「仕掛けますか?」


「撤退だ、バヤと連携したところでまともに食えるとは思えん。連中、手練れだぞ。マツ・タイプじゃない、ユウグモ・タイプかカゲロウ・タイプだ、舐めてかかると返り討ちに遭う」




 艦長はもう一度潜望鏡を覗き込む。視界に映るのは砲塔四基のやや見慣れない型式の戦艦一、脳内に叩き込んだ艦影を持つ駆逐艦複数。先程まで輸送船二、護衛艦二の小規模船団だったはずの彼らの標的に、重厚過ぎる護衛が加わっていた。




「バヤはどうしますか」


「……南方に連中の戦艦が居る、今はその情報の方が大事だ。バヤの艦長も馬鹿でも新米でもない。気付けば撤退するだろう」




 そう言いながら艦長は潜望鏡を下ろした。




「ダウン二〇、限界まで潜れ」


「――海面に着水音複数!」


「急速潜航!」




 潜望鏡を長く上げ過ぎたかと艦長は悔やんだ。最善は戦艦だと気づいた時点での撤退だったのだろう。主力級の艦艇には、水上機が載っている。常識だ。前方に傾斜した艦内で、そんな思考が脳内を駆け巡る。型式に関わらず、主力艦の所在情報は意味を持つ、ならば確認できた時点で離脱すべきだった。




「総員、衝撃に備えろ!」




 直後、艦全体が激しく揺さぶられた。電灯が点滅し、複数箇所から海水が勢い良く噴き出した。付近にいた者が即座に布を押し当て、応急措置にかかる。潜水艦にとって騒音は命取りになり得るからだ。




 数十秒後、再び爆雷が艦の至近で起爆。電灯の消灯と共に布を押し当てていた者が引き剥がされた。暗闇の中響いた怒号と悲鳴は、降り注ぐ海水に呑み込まれかき消された。








-----




 アメリカ合衆国海軍潜水艦〈ラガート〉は、僚艦〈バヤ〉との会合地点に現れず、同時に交信を絶ったため、アメリカ海軍は一九四五年八月十日に喪失を宣告した。戦後の調査において、日本側の記録から、撃沈直前に追跡していた船団に含まれる敷設艦〈初鷹〉の爆雷攻撃により同年五月九日に撃沈された事が『判明』。公式にもそのように記録された。




-----








「三号機より報告、敵潜を撃沈、油膜並びに残骸を確認」


「〈山雨〉より、『圧壊音確認』」


「引き続き対潜警戒を厳に」


「了解」




 タイランド湾外湾。彼ら――第六南遣艦隊はここに調査の為に来ていた。編成は旗艦として戦艦一、護衛として駆逐艦四。




「普通の潜水艦だったか。壱号迷彩は解くべきではなかったかな」


「通信班からは打電の形跡は無しと報告が来ています。問題は無いでしょう」


「ならば構わないか、第六南遣艦隊全艦へ、壱号迷彩再展開」


「……第五が遭遇した怪物、本当に居たんでしょうか?」


「さてな。しかし彼らがあの電文以降消息を絶っているのも事実だ。つまりそれは、相手が一個水雷戦隊を文字通り瞬時に殲滅したという事。文字通りの怪物じゃないとしてもどう考えても通常戦力じゃない。上もそう判断したから俺達が送られたんだろう。俺達は正規の命令系統下にはない、喪失しても問題は無い戦力だ」


「我々は困るんですが」


「我々だけだ。上の連中はもう決号の事で頭がいっぱいなんだろうさ」




 軽巡洋艦〈仁淀〉及び第三駆逐隊、第八駆逐隊の夕雲型駆逐艦八を基幹とする第五南遣艦隊は、第六南遣艦隊が出撃する数週間前、『怪物に遭遇』という内容の短い電文を最期に消息を絶った。捜索機を出したが、海上に漂う破片のみが発見されたため海軍は攻撃による喪失と断定。そして調査及び対処の為に第六南遣艦隊を編成、出撃命令を下した。


 現在、第六南遣艦隊は第五南遣艦隊と同じ航路を用いて東シナ海、南シナ海と航行を続け、タイランド湾まで来ていた。そこで友軍の船団と接触、直後に潜水艦を撃沈した。


 しかしながら現時点まで異常な敵との遭遇はおろか目撃報告さえもない。




「どうします?」


「一度入港して補給、一応〈海神〉を期限まで待ち、合流の成否に関わらずその後南シナ海に戻る。何者かが在るとすればそこが一番確率の高い海域になる」


「……〈近江〉で相手が出来ますかね」


「少なくとも攻撃が通じる事は祈っておけ、少佐。でなければ人類が詰む」




 吐き出された台詞は決して誇張ではなく、限りなく事実に近い言葉だ。


 航空母艦〈黄泉海神〉、かつて〈飛龍〉とも呼ばれた航空母艦と、戦艦〈近江〉の二隻こそが艦政本部対超常課の下で現在作戦に投入可能な唯二隻の主力級艦艇である。〈海神〉は生存性と奇襲性に、〈近江〉は投射火力に特化しており、特に〈近江〉は投射火力においては既に喪われた〈大和〉型を凌ぐ。


 その攻撃が完全に通じないのであれば、他に有効な攻撃手段は存在しない。唯一考え得るのは米国の新型爆弾だが、相手が海中である事を考えると疑問符が付く。


 他に打つ手がないわけではない。零号、転霊、反転、などと称される儀式的手段を用いれば、〈海神〉に準ずる戦力をその場に生み出すことが出来るとされる。十四駆所属の駆逐艦四隻とその乗員を糧に、統制できるか不明な荒魂の神擬きを四体生み出す賭けを許容できればの話だが。












「大佐、時間です」


「全艦、両舷前進微速。出港するぞ」




 戦力は変わらず、戦艦一、駆逐艦四の計五隻。限界まで待ったが、〈海神〉が来ることは無かった。想定されていた事であるとはいえ、やはり戦力の不足感は拭えない。


 上からもたらされた情報が正しければ、〈海神〉は本来の作戦海域であるミッドウェー方面で財団に完全な封じ込めを喰らっている。我々のような半端組織とは違う、連合国側の専門家集団のだ。ましてや〈海神〉の現場運用者は元一般海軍軍人の亡霊、専門家による封じ込めの脱出は不可能だったのだろう。




「作戦を確認する。第二種対超大型陣形を展開。全砲門は取り決め通りに他艦を指向、異常事態が発生した場合、直ちに射撃、本艦隊の全力を以て目標に対処する。攻撃が無効もしくは有効と判定できない場合、十四駆全艦において零号を発動、足止め後本艦のみ離脱する。以上だ。場合によっては帝國の命運を左右する。各位厳重警戒の上作戦に臨め」












「――本艦の主砲弾は損傷を与えたものの、有効打と成り得るほどではありませんでした。よって第十四駆逐隊全艦の志願乗員による零号抑止の発動を決定、転霊及び目標の一時的な抑止に成功しました。残存艦は本艦のみ、生存乗員は本艦が収容しました」




 粛々と為された報告を要約するならばこうなる。戦闘に負け、賭けに勝ち、そして人類の存亡はお預け。駆逐艦四隻を各艦に残った数十名の乗員と共に自沈させた事で生じた海神擬きは、その全てが、海上の元味方戦艦ではなく目の前の怪物を敵と判定、化物同士の殴り合いを開始。結果として〈近江〉のみ乗員救助の上で生還に成功した。




「目標の脅威判定は」


「現状は特号以上、我々では対抗が不可能です。〈秋津洲〉を戻さない限り、我々に打倒の術はありません」


「〈海神〉での対処は可能か?」


「〈海神〉の戦闘を直接目視したわけではないため、憶測の域を出ませんが、〈雲龍〉型二隻を同時投入する事で勝機が見えるかどうかでしょう。そもそも直接相手取るのは得策ではないと推察します。アレは恐らく直接的な物理攻撃が主要攻撃手段です。理想を言ってよろしいのであれば、被察知圏外となる遠距離から、大規模な因果干渉もしくは現実歪曲系の攻撃を行い、有無を言わせず消し飛ばすのが最善でしょう」


「……そこまでか」


「転霊した駆逐艦四隻と拮抗、凌駕できる実体です。それも恐らく全力ではない可能性があります。〈海神〉を三隻以上もしくはそれに準ずる戦力の零号体を解放するよりは、現実歪曲の方が副次被害は少ない筈です」


「了解した。可能な限り速やかに調査局に持ち込むことにしよう。君に関しての処分は居って通達する」


「では、失礼します」




 課長は、報告を終えて出ていく彼から、今しがた渡された報告書に目を移す。駆逐艦〈早雨〉〈秋雨〉〈夏雨〉〈山雨〉零号発動――喪失、戦艦〈近江〉小破。率直に言えば第六南遣艦隊は壊滅していた。幸いにも〈近江〉の修理はそこまで時間はかからないが、小回りの利く駆逐艦四隻の喪失はやや痛手である。本来ならば、艦隊指揮官たる彼の処分は免れない。ただし今回の場合は、交戦対象が状況を複雑化させていた。




「……調査局と陸軍連中は、よくもここまで面倒な物を」




 ほぼ独り言のつもりで放った言葉に、近くの机で事務仕事をしていた男が応じた。




「曰く、間違えた、だそうですよ。一体何をするつもりだったのやら」




 その手元の書類には異常事例調査局海軍部から回ってきた情報が記入してある。それは数日前に公式に対超常課宛として出された書簡だ。


 第五南遣艦隊を殲滅し、第六南遣艦隊を壊滅にまで追い込んだ怪物。第六南遣艦隊の出撃後、対超常課はその正体までは辿り着かなくとも、調査局が『しくじった』らしい、という情報までは得ていた。その情報が裏付けされた形となる。


 したがって、それらの損害は、調査局から婉曲的に受けたという見方も出来る。最初から情報が開示されていれば、少なくとも第五南遣艦隊を対超常課の護衛も無しに出す事は無かったし、全滅する事も無かっただろう。その流れに沿うならば、第五・第六南遣艦隊が負った損害は、調査局によるものとなり、艦隊指揮官より調査局の責任を追及した方が、海軍及び対超常課としては美味しい結果になる。


 そして彼らはそうした。結果として海軍及び対超常課は調査局からいくつかの譲歩を引き出し、貸しとする事に成功している。どこかで取り立てることになるだろうが今は目前の脅威を抑える必要がある。




「対処はどうするつもりだと?」


「海軍部から流れてきた話では現在位置が判明次第、可能な限り最大規模の封印を組むという話です」


「封印、封印か。妥当ではあるか」




 しばし課長は考え込んだ。


 帝國最後の戦艦にして対超常課の最大戦力の片割れたる〈近江〉でようやく損傷を与えられる程の相手を、打倒し切るだけの戦力は今の帝國にはない。先の彼の台詞を聞く限りでは地球上に存在するかどうかさえ怪しい。よって封じ、未来に託すのは理に適っている決断と言えよう。




「場所は海上、封印規模は極大。連中が何を『柱』にするのか知らんが、それなりに時間はかかるはずだ。となれば足止め役が要るのだろうな」


「警備艦を接収しますか?」


「いや、報告を上げれば処理をする前に命令が下る。時間が足りない。もう少し公式情報が早ければ警備艦接収も良い手だったがな。公式に情報が出た以上、調査局に同調し早めに動いた方が後の都合も良いだろう。〈秋津〉と〈畝傍〉、それと〈近江〉を出す」


「〈畝傍〉型を二隻とも?」




 〈畝傍〉型の二隻は、終戦時期周辺に起こると推定される戦闘の為に戦艦〈秋津洲〉の技術資料を基にした局所的な現実歪曲系試作兵装を搭載している。それらを今喪えば後は無く、そして兵装を積み替えるだけの時間は無い。


 それでも相手が現実改変を主に扱う神格級実体であれば〈畝傍〉と〈秋津〉はあるいは〈黄泉海神〉を上回る戦力となる。しかし今回の目標は規模のみが超常的な怪物の類と推定されており、この二隻の攻撃範囲では、全て消し飛ばす事は不可能だ。




「〈畝傍〉型の二隻は、確かに計画上必須だが、国を滅ぼされては我らの計画に意味など無い。先ずは、この被害を、我々のみに食い止めねばならん。十四駆を使い潰し〈近江〉を持ち帰ってくれたのは英断と評価すべきだろう。〈近江〉を柱として、〈畝傍〉型をぶつける」












 一九四五年六月。僅か三隻の艦からなる艦隊が、横須賀を出港した。白昼堂々の出港であるにも関わらず、喇叭は鳴らず、横須賀で働く人々も誰一人気付く事は無かった。


 埠頭に男が二人、並び、敬礼と共に艦隊を見送った。




「――陛下が?」


「そうだ。御心を示された、そう考えてくれて構わない。今回の之はそういう意味だ」


「そう、か……我々は最早、まともな集団としては機能しないだろう。故に万が一の事態が起こったならば」


「我々が全て引き受けよう。元よりそのつもりだ。そちらの後腐れが無いように願いたいものだが」


「善処する……この国を、あるいは彼らを、頼む」


「まるで遺言のようだ。早々と靖国に入ってもらっては我々が困る」


「遺言そのものだ、私の番が来た――ああ、安心してくれ、引継ぎは信頼のおける部下に任せてある」


「そうか――短い間だったが、世話になった。貴官の献身に感謝を」


「感謝するのは私の方だ。靖国には入れない以上、後は誰かに託すほかあるまい」


「ならば、次会う時には地獄の底だろう。ご武運を、大佐。私もいずれ其処へ行く」


「焦らず、国の為に長く生き延びてくれ。ありがとう、大佐。いつか地獄で逢おう」












『発:艦政本部対超常課


 宛:特務南遣艦隊




人類ノ未来繋リテ此ノ一挙ニ存ス。身命ヲ賭シ死戦ヲ以テ帝國海軍ノ本領ヲ発揮セヨ。先人並ビ同志ニ背ク事勿レ』








-----




【レベル4/4007クリアランス認証】




【SCP-4007補遺・特別報告アルファ-SCP-4007】




O5-3の要請に基づき、エフレン・ドミンゴ博士がSCP-4007の特別調査員に任命され、O5評議会へ警告のため以下の報告を行いました。




《未だにSCP-4007-4に関して多くの発見があったわけではありませんが、失われた知識のパターンはある種の認識災害に一致します。正確に何が起き得たかについて、我々はさらなる調査を行っていますが、別の進展もありました。》




《以下の、我々がこれまでにSCP-4007と接触した場所の地図に、少々の編集を加えました。なぜこれを今まで誰もやろうとしなかったのか疑問に感じますが、これが……認識災害なのでしょう。》


《我々が"偶然"平房5人衆と出会った場所は、偶然ではないことは明白です。そしてもし4007-5がいるならば、間違いなくマレーシア北部のどこかです。》




《私が気にかかるのはしかし、この形状には儀式的な重要性があるということです。五角形(より具体的には、五芒星)は奇蹟論的エネルギーを導出するのに一般的な形状です。特に一般的なこの形状の使用法は、内部の何かを封印する収容の儀式を祈念することです。これは強力な配列ですが、それぞれの角の柱の頻繁なメンテナンスを必要とします。》




《このことは勿論、恐ろしい疑問を提示します。彼らが収容しようとしていたのは何なのでしょうか?》




-----




【SCP-4007補遺・収容デバイスとしての五芒星】




 ドミンゴ博士は、上記の第5南方遠征艦隊の残骸の発見の3週間後、以下の研究ノートを提出しました。




《五角形が巨大な収容儀式となるという理論を提出したのは私ですが、このケースがそれでないことを祈っています。奇蹟論や、その他の秘術的な収容の専門家と相談したところ、もしSCP-4007が実際に何らかの奇蹟論的儀式を維持していたならば、その配置の大きさは2つの重要な点を示唆するという合意に達しました。》




《1つめは、彼らが何を収容しようとしていたにせよ、それは著しく巨大に違いないということです。厳密に言うと、維持するための力が比例して必要となるため、彼らが作ったもの以上に巨大な奇蹟論的図式は作成できないということです。》




《これが2つめの問題点へと繋がります。この儀式?は維持のために怪物的なコストを必要としたでしょう。実際に、このような大きさではおそらく、全体を纏めるためだけに角の1つで毎日再生の儀式が必要となるでしょう。5つ全てで行うことが望ましいですが、最小限には1つでも十分でしょう。それなしでは、全体の構造は1日で崩壊し、内部の何かを物質界へ開放するでしょう。》




《しかしながら私が懸念するのは、この儀式構造はおそらく半世紀前のものだということです。恒常的な再生儀式を行ったとしても、この形式の儀式でそのような長さに維持されたものは多くはありません。一定の期間で、儀式は単に長く維持されるには摩耗しすぎ、何をしようとも失敗するようになるものです。そのため、領域内に何を封印していたにせよ、それと対峙する準備をすることが賢明となります。》




《主は、その日のためによく準備してきた者を助けるものです。》




-----








「特務艦隊全艦、目標右舷前方海中」




 〈近江〉の前後甲板にある四十五口径三年式四一糎連装砲塔4基が右舷前方海中に潜む大型実体を指向する。


 〈近江〉からは確認できないが、壱号迷彩を展開し後続する〈畝傍〉〈秋津〉の甲板上でも同様に、五十口径三年式二〇糎連装砲塔2基と、砲塔とは言い切れぬ箱型の物体が同じ方向を指向していた。




「主砲、副砲、一斉打方。打方始め」




 ブザーが鳴り止むとともに、〈近江〉〈畝傍〉〈秋津〉の主砲が咆哮。撃ち放たれた砲弾は水中で標的に対しその威力を遺憾なく発揮した。水柱が乱立し、そこでようやく怪物は海上の敵の存在を探知した。先の如く打ち破らんと怪物が浮上してくる。尤もそれが全体像かさえ、今の彼らには分からないが。




「――試製特号砲、収束射撃」




 そこに撃ち込まれた四本の鮮やかな緑の極光が、空と海を裂き怪物を貫く。貫通された部位は元から無かったかのように消え去り、怪物の敵愾心が下手人に向く。




「艦隊散開。航海、機関全速。高角砲、仮設噴進砲、独立打方。目標を視認し次第各個に射撃を開始せよ」




 そこへ割り込むのは〈近江〉。遅滞戦闘の要は後方で怪物を抉り続ける〈畝傍〉型の二隻である。故にその二隻を喪わせるわけにはいかず〈近江〉は壁として前衛を務める。




 特徴的なスプーン・バウが海を裂き、常備排水量三四〇〇〇トンの艦体が白波を蹴立て加速を開始する。




一九四五年六月。帝國海軍艦政本部対超常課所属、特務南遣艦隊による、怪物の現海域への拘束を目的とする死闘が今、幕を開けた。








〈クレジット及びライセンス表記〉




「私達は私達に出来る事をした」は、以下の作品に基づく二次創作作品であり、各オブジェクト、要注意団体について、独自解釈が有ります。


「SCP-1911-JP - 東弊戦艦大秋津洲」by “hey_kounoike”: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1911-jp


「SCP-1942-JP - 龍は死なず」by ”RainyRaven”: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1942-jp


「SCP-1945-JP – オノゴロ45協定に基づく共同管理対象」by “broken_bone”: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1945-jp


「SCP-4007 – 影武者」by “weizhong” (transrated by “YS_GPCR”): http://scp-jp.wikidot.com/scp-4007


「大日本帝国異常事例調査局ハブ」by “Dr Solo” (transrated by “C-Dives”): http://scp-jp.wikidot.com/ijamea-hub




 このコンテンツはクリエイティブコモンズ 表示-継承 3.0 (CC BY-SA 3.0)ライセンスの下に提供されています。


CC BY-SA 3.0ライセンスについて: http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

九州大学文藝部・学祭号 2020 九大文芸部 @kyudai-bungei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ