第11話 罪の不在

「ラバーシムの目的は、公爵の援助でリディティックを騎士団長にして家を興すことか。

 対価はカラカラ港の貿易での富。

 これがおまえが言っていた提案か」


「たぶん」


「一方的に公爵が有利な取引だ。

 副団長の体調の話が本当なら、リディティックはもうすぐ副団長になれる。

 貿易港の開港など3年もかからずできてしまう。

 対してリディティックが団長になり、退役するまでは少なくとも10年以上かかる。

 高齢なラバーシムがそれまで生きていられるのかどうか。

 それどころか、秘密を知っているラバーシムを殺す可能性もある。

 そうなればリディティックも、生かしておくのは危険とやつなら考えるぞ」


 オビシャット卿の、ブルムラー公爵への評価は、最低なのだな。


「ラバーシムはすでに自分が生きているうちに達成できるとは、考えていないでしょう。

 彼の行動の根源が何かはわかりません、私怨執念や意地などとよばれるものかもしれません。

 それにブルムラー公爵の性格も知っています。


 約束は、もっと確実なものにしようとします。

<ギースの契約書>などを使って」


「魔力を強化した契約書を作ってか。

 そんなもので公爵を出し抜くことが可能なのか」


「いくら魔力を強力にしても、公爵なら無効にする方法はあると思います。

 しかし、それなりの契約書を用意するでしょう。

 公爵の意識をそちらに向けさせるためのものとして」


「ブルムラー公爵家から出た魔法使いたちに、塔で高い地位に立った者はいません。

 ブルムラー公爵家が元老院の席を絶えず欲したためかと思います。

 ならば、塔には彼らの知らない魔具が多数あります。

 女神の天秤もその1つ」


「女神オーシェフェの天秤を言っているのか」


「はい、そうです」


 女神オーシェフェ。

 国内で商売している場所には、必ずと言っていいほど彼女の像が置いてある。

 約束の女神、その像は、右手に天秤を左手に剣を持つ。

 古い信仰から来ていて、その天秤に契約書を乗せて契約の成立となる。


 剣は約束を守らなかった場合、天罰を下す意味がある。

 ただ、女神像は象徴的なもので、本当に守らせる場合は、<ギースの契約書>を使用する。

 逆に<ギースの契約書>を使わない程度の取引でも、日常的にこの天秤は使われている。


「塔には魔力を持った女神像が有り、ラバーシムは一度持ち出しています」


「公爵との契約の時に使ったと」


「<カラーヤの台帳>に記録されています。

 2人が会ったと思われる前日に。

 これは8階の品ではなかったので、細工はされていませんでした。

 ですが、<カラーヤの台帳>に記載しなければ持ち出せなかった高位な魔具です」


 ラバーシムのほうが、公爵より1枚上手だな。


「この女神の天秤は、契約を破った場合に罰するものではなく、契約を守らせる強制力が働く珍しいもの。

 罰を防ぐ方法では回避できません。

 公爵はまだ気づいていないと思いますが、約束を破る事はできなくなっています。

 公爵は無自覚に契約の内容を実行します」


「1人のくだらない見栄や私怨のために、多くの兵が死んでしまうのか。

 ブルムラー公爵だけなら事は動き出さなかったものを。

 どうにか止めれないのか」


 オビシャット卿は目をつぶり腕を組みながら、その方法を探し始めている。


「事を公にしてラバーシム師の罪を」


 コーライン様の言葉をクェルスが静かに否定した。


「裁けません」


「どうしてです」


「何が罪になるのでしょうか」


「禁忌の品の持ち出しで裁けるだろ」


 アマト殿の考えは、まだ塔の規則に縛られていた。


「それでは私も罪になってしまいます。

 私の弁明でも言ったように、『塔外に持ち出しを禁止した魔具は、持ち出せないように魔法をかけた』となっています。

 だから、塔の外に持ち出せたものは禁止されたものではない。

 大魔法使いリーシーズの言葉として記録に残っています。

 へりくつの部類ですが、そうでなければ、王も罪を犯したことになってしまいます。


 王が<ミグリアレ>を献上させた時点で、この罪はなくなっているのです」


「それを見越していたのか」


 アマト殿が驚いている。

 策が何手も先に張ってある。


 今度はオビシャット卿が


「リディティックへ極秘に貸し出したことはどうなる」


「何の罪になるのです。

 兄上は塔に武器の貸し出しを頼んでいます。

 行われていなかっただけで、禁止されてはいません。

 極秘と言いましたが、今まで行われていなかったので、その方法に決まりもありません。

 教会と塔の関係改善のためや。

 リディティック殿が隊長に相応しいと思ったと言われれば、それ以上の追及は無理かと」


 駄目なのか。


「もう1つ言いますと、リディティック殿がラバーシムの孫だということを証明することはできません。

 この件に関わったものはすべて死んでいます。

 死者を呼び出すでもしないと無理です」


「それは禁呪、お前!」


 アマト殿が割り込む。


「さすがに違うよ。

 前ニガ家当主はご存命だ。

 事実は知らなかったが、ラバーシムに隠し子がいる噂は聞いていた。

 後は、状況をつなぎ合わせたにすぎない『なぜ、まだ幼い娘をお金が目的でもなく愛妾に差し出したのか』など。

 普通で無いことは噂に残るものです。

 証拠にはなりませんが」


「武器を借りたことは、リディティック殿に『塔の決まりごとなど知らない、魔法の武器は自分への助力と思っていた』と言われれば終わり。

 彼にとっては事実そうでしょう。


 魔法の武器を失ったのは問題ですが、それを報告する義務はない。

 過去にも、戦いで武器を無くした兵士が多数いますが、大きな問題にはなっておりません。

 家宝でもない限り、武器は騎士団では消耗品です。

 武器はおとしたのであって、直接魔物に奪われたわけではありません。

 それにドティホールン卿が後ろにいます、この程度で彼の罪を追及することは難しいのでは。


 それと、リディティック殿はラバーシムと直接会ったことはありません。

 ラバーシムが自分の祖父という事も知りません」


「魔具の密売は直接、ラバーシムは関与していません。

 勝手にブルムラー公爵がゼジラル商会に行わせたこと。

 制度に不備を残したと証明はできませんし。

 禁止されていない行為です、ゼジラル商会もブルムラー公爵から言われれば断れません。

 ラバーシムはこの件に関しては逆に公爵に忠告し、密売をやめさせています。

 そして公爵家の大きさから考え、公表もされないまま内々にすまされるでしょう。


 もともと罪などどこにも存在しない」


「塔の知識が外国へ流失しているなど、証明できますか。

 会話の内容は当事者しか知りえません。

 完全な密室での会話のみ。

 ラバーシムやブルムラー公爵が話すとは思えません。

 それに元老院でのブルムラー公爵の発言が重要視されているなら情報を得るため、国外の人と会っていたと言われれば終わりです」


「港の件は、たとえ利権が絡んでいたとしても国策です。

 不正と問えるものではないかと」


「疑えば疑える状況ですが、明確に罪と言えるものは、なにもありません。

 そもそもラバーシムは<ミグリアレ>の発見で王の覚えがいいのです。

 こんなあいまいな内容で告発しても、擁護するでしょう。

 逆に告発者を罰す可能性さえあります」

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