第10話 計略

「ラバーシムは、この件でブルムラー公爵に会いに行っています。

塔の長でも相応な理由がなければ、公爵に会うことは難しいですが。

公爵も引け目が有ったので、会わないわけにはいかない。


まず、ラバーシムは、魔具の製造と販売をやめるよう忠告したと思います。

彼らが会ったと思われる日から、水増しの販売は行われていません」


「忠告されたくらいで、やめる公爵じゃないと思うが」


「変わりに、ある提案をしたと思います」


提案か、いままで聞いた内容から想像すると、あまりいい事ではなさそうだ。


「ブルムラー公爵のお屋敷では、定期的に小さなパーティーが行われています。

公爵の派手好きな性格を満足させるためと、人脈を広げるためのものですが。

招待客は数十人、基本仮面をかぶって参加するそうです。

著名な人はすぐわかりますが、さすがに全員は無理です。


そこでラバーシムを見かけた人がいます。

名乗っているわけではないので、確実ではないですが。

ただ本来、塔の長が呼ばれるようなところじゃないので不思議がっていました。


そこでラバーシムは、外国からの客と会っているかと」


「国を裏切っているということか」


オビシャット卿が思わず口にしてしまった。


「公爵も、さすがにそこまでのことを自分の屋敷ではしないと思いますよ。

客の正体は、たぶん貴族お抱えの魔法使い。

大きな貴族には、代々そこに仕えている魔法使いがいますからね」


クェルスがそう言うと


「そして貴族は古い魔具・魔法書を持っていて、その魔法使いたちは日々その研究をしている。

蓄えた知識は、貴族の子が魔法使いになるときに使われる程度だが」


アマト殿、それは批判では。


「それが名門出身の魔法使いに、魔具専門が多い理由にもなっている」


「客との会話は、その研究のことだと思います。

各家で行われている研究内容は、外に出てきません。

ですので、同じ研究を複数の家で行っています。

何代にもわたって研究していた内容が、ある日別のところから公開されてしまうという事はよくあります。

自分たちも秘密にしているので、これは仕方ないと諦めていますが。


それよりも公開された内容によって、自分たちの研究が間違えていたと知る。

最後まで行きつけたもののみが、正解を知れるのです。

何年どころか、何代も間違えていることもあります。

ならば途中までの内容でも、自分達の研究が合っているか、答え合わせをしたくなります」


「それをラバーシムが教えているというのか」


「教えるというか、食事をしながら雑談しているのでしょう。

その中に、相手が知りたい事が含まれているのは、偶然ということにして」


「それぞれの魔法使いの専門分野は狭い、近い内容でもそんなに需要は無いだろう。

魔剣研究は各国で盛んだ、ラバーシム師が自分の研究を売るくらいは、あまり気にしなくてもいいのじゃないか」


オビシャット卿はこの件を、問題とは思っていないようだ。


「自分と同じ研究分野の情報を流しても、自分が不利になるばかり。

そんなことはラバーシムはしません。

他の分野の情報を流していると思います」


「それに対応できるほど、ラバーシムには知識は無いだろう」


アマト殿は断言している。


「塔には、公開されていない半端な研究資料が豊富にあります。

道半ばで亡くなったもの、塔を離れる時に手放したもの、自分の限界を感じ後世に託したもの。

塔では完成された資料ばかり使われ、そんなものが有るとは知られていませんが」


「まさかそれを」


「ラバーシムは定期的に借りています。

ブルムラー公爵家に行く前に」


「ブルムラー公爵は、塔に埋もれていた知識を売っていたということか。

いったいいくらの金で売っているのか、情けない」


オビシャット卿の怒りは侮蔑に変わっている。


「お金は動いていないと思います」


「どうしてそう思う」


「お互いの妥協する金額を、前もって決めることは難しいからです。

聞いたものによって価値が変わります。

その場でお互いに会話しているだけでしょう。

自分が得たと考える分を相手に話すというように」


オビシャット卿は少し考え


「対価は外国の情報か。

ここ数年やつは、外国の動きを的確に予想している。

確かな情報網を作ったと思っていた。

そのおかげて元老院でのやつの発言は、それなりに重んじられるようになっている。

以前は金のことしか考えていないと、誰も相手にしていなかったが。

だが、やり方がまずい他にやり方があるだろうに」


「それではすみません。塔の知識を許可なく外国に渡せば国への反逆罪になります。

塔に入る魔法使いに課せられている制約です」


アマト殿はそう言うが、証拠は集められないだろう。

誰もが気づいている。


「しかし、これも公爵としては利益が少ないのではないでしょうか」


コーライン様が疑問を口にした。


「元老院での発言に重みが増すとはかなりの利益ですが。

それで満足する公爵とは考えにくいですが」


その先を卿へ振った。


「別に目的があったと」


腕を組み、また考え始めた。


「騎士団の副団長は、病に侵されています」


クェルスが助けをだした。


「命を失うほどの物ではありませんが、左足がしびれ、年内には歩くことが出来なくなりそうです」


「なに。

なにかの毒か魔法でか」


「どちらも痕跡を見つけることはできませんでした。

ですが時期が良すぎます」


誰もが、そう思うだろう。


オビシャット卿が答えを見つけた。


「カラカラ港か。

元老院で何度か議題に出ている。

貿易港を手にいれると」


「港ですか」


「この国には海はない。

主に、南のリウタウスを通ってゲウト港を使う。

他国を通るので税がかかる、それになにかと思い通りにはいかない。


そこで、西のセール湾だ。

この湾は、どの国も領土を主張していない。

その手前の砂漠地帯がクグトシュ族の生息地だからだ。

クグトシュ族は比較的おとなしい、獣人族とされている。

自分たちの土地に入らなければ襲うことはない。


その湾には、小さなカラカラ島があり、干潮の時は海岸につながるが、水が苦手なクグトシュ族は近寄らない。

中継場所として簡単な港が作られている。

そこから国内への輸送を出来るようにするという考えだ。


他国はそこまで魅力のある港ではないが。

我が国では戦争せずに手に入れれるのは、セール湾のこの港だけだ。


この港を手に入れ、貿易の拠点にする。

一部のものたちの念願でね。

彼らが言うには、貿易が盛んになり、国が富むらしい。

本音はその貿易から得られる巨額の富だが」


クェルスが卿の考えを補完した。


「ゼジラル商会は、水増し魔具の販売をやめる代わりに、ブルムラー公爵から船3隻の製造を受注し、今作っています」


「この話は、国に有益と思うのですが、実行されていないということは何か問題があるのですか。

クグトシュ族がかなり手ごわい相手とか」


アマト殿にはそれほど悪い話には聞こえなかったらしい。


「クグトシュ族は、国が本気を出せば、駆逐は可能と考えられる。

が、砂漠の西北にはエレートン連邦がある。

連邦とは名ばかりで、多数の部族が集まって国のまねごとをしているような所だ。

好戦的で、部族間の争いがたえない。

接すれば巻き込まれることは必至。


それに今はクグトシュ族が襲ってくることはないと考え、西の国境警備は薄い。

領土を拡大した場合はその防衛を行う必要がある」


今まで手を出していない理由はある。


「元老院ではエレートン連邦をどう考えるかで賛否が分かれている。

賛成するものたちはそれほど重要と思っていない。

いざとなれば、蹴散らせばいいと思っている。

もし戦いになっても、港から得られる富で十分賄えると。


反対派は不要な戦は行わないほうが、国にとって有益と考えている」


そんな話し合いが行われていたのか。


「慎重に考えなければならない問題ですね」


コーライン様の言葉に、アマト殿もうなずいている。


「いいや。

賛成反対は、貿易によって富を手に入れられるか除かれるかで分かれている」


あっさり、下世話な話になった。


「元老院でこの件に関して賛成なのは、交易で富が入ると考えているブルムラー公爵家とつながりのある貴族1名と塔。

ラバーシム師とつながっていたとはね。

教会の3名は賛成も反対も表明していない。

もともと教会は政治に関与する案件にはいつも中立だ」


「私を含めた残り4名は反対の立場。

貴族が2名、騎士団の2名。

私欲に走るブルムラー公爵を騎士団は嫌っているからな。

貴族の1人は、現在はどちらにもついていない。

賛成3、反対4中立が4」


言いながら、その票を数えている。


「リディティック殿が副団長になった場合、賛成に回る可能性が大きい」


オビシャット卿は、アマト殿の質問を


「そう言いたいのか」


そのままクェルスに振った。


「教会は戦乱をきらいますので、本当に侵攻が決定されそうなら反対に回ると安心していませんか」


クェルスは逆に聞き返している。


「さすがに戦いが起こることは教義に反するからな」


「魔物の駆逐と、神を知らない人々への布教も、教義ですよ」


「神を知らない人々とはエレートン連邦の事を言っているのか」


「ここでゼジラル商会からの巨額の寄付が効いてきます」


別の真実を思い出させてくれた。


「明確に反対はしないのでは」


「それは考えられない。

教会はそこまでは腐っていない」


たまらずゴーラ神官が声を出した。


「そう思うのは、ここで話を聞いたからでしょう。

1人の魔法使いの思惑を知らず、国策と考えれば、それほど悪い事ではありません。

教会ないでは、今布教のための人員を増やそうとしていませんか」


神官からの反論はない。

すでに動き出しているのだ。

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