札に押し付けた理由


 変わっていく世界

 変わっていかざるをえない俺たち

 なぜ続けるのだろうか


 ぬるま湯が心地良かったからか

 手垢のついた栄光を捨てられなかったからか


 変わらない理由を振り返る

 同じ場所でじっとしていた理由を

 言い訳なんかじゃないって叫びたい


 変わることは格好いいことか

 変われないことはダサいことか


 颯爽と踏み出す、旅人

 留まり続ける、ただの人

 変われないことが罪であるかのように、小さな針が突き刺していく

 動けばチャレンジャー、居座ればチャンピオン

 どちらも称賛に値するのに


 留まる理由はある、決めた理由がある

 素直になれなくて、言えないんだ

 誰のせいにもしないよ

 ただ、後押しする何かが欲しいんだ

 ライフイズベット

 掛け金は自分の人生だ

 変わらないことも賭けなんだ

 言えない理由は札に押し付けろ!




 …………。

 サビの前のラップ部分を聞いて、我ながらひどい歌詞だ、と思わず自嘲した。

 決断を全て札に押し付ける優柔不断な男たちの話。

 ただ、その歌詞には別な思いが込められている。

 どんなに世界が変わっても、自分たちが変わっても、踏みとどまる。

 変化せず耐えることを選んだ人たちへの応援歌であり、歩みを止めずに続けてきた未来の自分たちへのメッセージだ。

 お金が必要だから、人気を維持したいから、アイドルのネームバリューにすがりたいから、そんな現実的な理由もあるだろう。

 ファンからの称賛を失いたくない、そんな1アイドルとしての思いもあるだろう。

 それでも、続ける一番の理由はきっと……。


 手札のトランプを数え直すと55枚に増えていた。

 増えたカードは、赤が1枚。

 苦笑すると、ケースにしまってなかったカードを2枚取り出した。どちらも赤いカード、勝負をするたびに1枚ずつ増えている。

 赤はグループのイメージカラーであり、グループの存続を意味する色だ。


「最初は俺、次がベイブ、そしてエースか。ほんと、正直になれねぇなぁ」


 先程の安堵した2人の表情を思い出して、リーダーは微笑むと、

 トランプをプラスチックのケースにパチリとしまった。

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サヨナラ、小さな罪 螢音 芳 @kene-kao

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