Chap.11 29th May 1864

 エディは椅子に座り天を仰いだ。

 ナナからすべての記憶を抜き取った。

 ナナの言うとおりだった。彼女はただの量産型の人造人間ホムンクルスだった。

 それがなぜ、嫉妬を覚え、恋をし、愛を口にしたのか。その要因は――。

「俺……か?」

 実験を終え、麻酔で眠るナナにエディは尋ねる。答えはなく声は虚しく消えた。

 ただの気まぐれだ。

 本来、人造人間は奴隷のように、愛玩動物のように扱うもの。だが、嬉しいという感情をいち早く覚えたナナ。面白いと思い、人間のように扱った。

 それが、ただの人造人間をナナにしたのか。

 あまりに穿った考えだ。

 だがもし、そうであったとしたら――。

 嬉しい。そして、たまらなく苦しい。

「ナナ……すまない」

 エディは目元を覆った。

 ベッドがきしむ音がする。

「ただいま目覚めました」

「ああ……」

「博士の顔に涙を検知しました。何かございましたか?」

 ここでの記憶をもとに心配の表情を浮かべるナナ。エディは小さく笑う。

「ナナ、もう一度処置を行う。ベッドに寝てくれ」

「かしこまりました」

 ナナを眠らせ、エディは機械に触れる。

 ナナの記憶をすべて消す。ここで教え込んだ誤った知識をすべて。

 ベリンダに連絡を入れよう。そうすれば、彼女はナナを丁寧に人間として扱ってくれるだろう。

 すべてを忘れ、幸せに――。

 処置を終え、エディはベリンダに手紙をしたためる。連絡機はない。古典的だが今はこれが最善策だろう。

 エディは書き記す。

 ここで己がナナに何をしたかということ、ナナの記憶は記録媒体に残っていること、ナナのことを頼むということ。

 速達で送れば、明日にも届くだろう。そうすれば、ナナの命に別状はないはずだ。

 すべての準備を終え、エディはベッドに横たわったナナを見つめる。

 ナナの瞳が開いた。彼女はベッドから立ち上がる。

「おはようございます。私はVer.7 1642-9943。名前は設定されておりません。何かあれば御自由にお申し付けください」

「約一日後にお前を迎えに来るものが現れるだろう」

 エディは言う。

「だから、それまでここにいろ。ナナ」

 口にしてはっとした。今の彼女はもうナナではない。だが、彼女は言う。

「ナナ、それは私のことと認識してよろしいでしょうか?」

「ああ」

 エディは答えていた。

「ああ、そうだ。お前はナナだ」

 あまりにも卑怯だ。

 己がナナに何をしたか。彼女をどれだけ苦しめたか。わかっているのに。

 エディは地下室の階段を振り返らずに上った。

 己の卑劣さに嫌気がさす。彼女に痕跡を残したかった。すべて消えてしまったことが名残惜しくて。

 ああ、今更だ。今更過ぎる。

 ナナへの思い。それに名前を付けることはできない。

 ただ、言えるのは彼女と過ごした日々はあまりにも愛しかった。

 外は雨。エディは傘もささずに歩く。

「さようなら、ナナ」

 その声は雨のスティルブラスに消えた。

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