4、一回休み(2)

 俺もだった。あの日、美沙希に誘われてあの飲み会に参加した。何故あの飲み会に俺が誘われたのかは不明だったが、おそらく美沙希は連絡先を知っている人に手当たり次第に電話をかけたのだろう。その内の一人が俺だった。


 正直に言えば酷い飲み会だった。美沙希が大学時代にどんな人間と関わって、そしてどうやって生きてきたのか程度が知れた。ただその中に溶け込めない程、俺に社交性がないわけではなかった。俺は美沙希の近くに座って、高校の頃の話なんかをしながら距離を詰めた。良い具合に酔っ払った美沙希を外に連れ出すのは容易だった。


 高校の時ほど容姿に可愛げはなく、酔っ払って建前を失った美沙希の言動は俺の高校時代の美沙希への想いをいとも容易くぶち壊す程だったが、ヤるだけなら構わないと思った。平沼先輩をフったのは美沙希自身であること、既に他の男がいること、いろんな話を聞かされたがどうでも良かった。


 外階段の踊り場で涼しい風を浴びて、救急車のサイレンを聞きながら俺は美沙希とキスをして身体を弄った。美沙希は嫌がる様子もなく、むしろ続きを要求してきた。続きは中のトイレでしよう。俺はその要求を飲んで、店内へと戻ろうとした。その時下の踊り場にいたのがこいつだった。俺と美沙希の会話をひっそりと盗み聞きしていた気味の悪いやつだ。


 俺はあの日を境に美沙希と付き合い始めた。いや、正確には性行為だけを目的とした関係になった。美沙希にはきちんと彼氏がいて、俺はその彼氏の愚痴を聞く係。クソみたいな関係だった。そんなに彼氏が嫌なら別れてしまえばいいのに。そんな提案をした時、美沙希は言葉を濁した。そしてえへへと笑って、いつものように甘えてくる。いつしか俺はこんな風に思うようになっていた。


 なんで、俺じゃダメなんだ、と。


 彼氏と別れて、俺と付き合ってくれ。そう言っても美沙希は首を横に降る。それは違うよ、と言ってまた笑う。笑う。笑う。まるで子供みたいに甘えてきて、そしてまた笑う。俺と美沙希は俺の部屋でヤるだけ。ただそれだけだった。いつしか美沙希の笑顔を見るのが嫌になった。真ん丸の目が笑ってくしゃりと歪むのに腹が立った。美沙希が見ているのは俺じゃない、俺が知らない他の男だ。


 ある日のことだ。寝ている隙を狙って美沙希のスマホを覗き見た。美沙希は知らない多数の男と連絡を取っているようだった。男は年齢も性格も容姿も全てがバラバラだったが比較的高齢のおっさんが多いように思えた。気味の悪い文章がたくさん綴られていた。それに対して美沙希はハートの絵文字を多用して一人一人にマメに返信をしていた。中身を読めば読むほどわかってくる。これが普通の会話ではないことに。皆が皆、美沙希のことを美沙希と呼んでいない。そこでは美沙希が美野里という知らない名前で呼ばれていた。


 お店。出勤。こんな単語がたくさん出てくる。何の話かなんてすぐにわかった。そしてもう一つわかったのは美沙希には彼氏なんていないということだった。彼氏らしき男を一人見つけたが、男の方からのメッセージで別れを告げられているのを見つけた。それは三ヶ月も前の話だった。美沙希が風俗で働いていることなんてすぐにどうでもよくなった。美沙希には彼氏はいない。それなのにこの女は彼氏がいるフリをして俺を騙していたんだ。


 彼氏がいるから俺と付き合えない?


 違うじゃないか。


 ふざけんな。


 俺は横で寝ていた美沙希を叩き起こした。スマホの画面を見せつけて問い詰めた。しかし美沙希は嘘に嘘を重ねるのだ。その男とは別れたが今は違う男と付き合っている。美沙希はそう言う。しかしスマホにそんな痕跡はない。もし仮に本当であったとしても三ヶ月前には既に俺が美沙希にアプローチをかけている。俺を蔑ろにして他の男を選んだって言うのか? ぶち殺すぞ。


 美沙希が俺に本音で話していないことがわかった。こいつの口から出る言葉は悪魔の言葉だ。呪いの言葉だ。こいつの身体の中には濁り切った膿が溜まっている。腐ってやがる。全部抜いてやるよ。美沙希の中にある悪いものを全部、無くしてやる。

俺は気づくと机の上にあった鉛筆を握りしめていた。美沙希を押し倒して、鉛筆を振りかざす。すると美沙希は言うのだ。


 それなら本当のことを話していたら納得していたの? 嘘だろうと本当だろうと、どうせ許してはくれないでしょ。だったら私は嘘をつくよ。


 俺は鉛筆を美沙希に向けて振り下ろした。芯の尖端が美沙希の右目にぶっ刺さって、美沙希は俺の部屋から出て行った。


 それから美沙希がどうなったかなんて知る由もない。知りたくもないくらいだ。なのに美沙希の右目を潰したあの感覚が今でも忘れられない。忘れたいのに忘れられない。

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