エピローグ ヴィークリーズの麓

 詩人が長い物語を歌い終えたとき、篝火の周囲にはしん、とした沈黙が落ちていた。


 そのあと、ためらいがちに拍手が沸き起こり、村人たちは皆、めいめいに詩人の歌声の素晴らしさをたたえた。うとうとしかかっていた者たちは騒々しさに目を覚まし、聞き入っていた者たちは大きく伸びをして痛くなったおしりをさする。子供たちが騒ぎ出し、誰かが「さあ、酒だ!」と叫ぶのと同時に、篝火の周りの円陣が崩れて人が一斉にわっと動き始めた。

 鍋の中のスープは既に出来上がり、豚の丸焼きはこんがりと仕上がっている。パンとチーズが切り分けられ、酒杯が順繰りに回されていく。最初に詩人に声をかけた老人は上機嫌で、詩人のために、たっぷりと酒を注いだ大きな杯を差し出した。

 「詩人さん、素晴らしい物語をありがとうよ。皆、喜んでおった」

 「なあに。楽しんでいただけたなら何よりだ。」

 「しかし不思議ですな。どうして、この詩はおしまいがはっきりしていないのです? 黄金の鎚を持つ英雄が、魔女にさらわれた王女様を取り戻しに行ったまま戻ってこないなんて、ずいぶん変わった終わり方だ」

 「どうしてって、それは、続きを誰も知らないからだ」

男は、喉を潤しながら苦笑する。

 「勝手に終わりをくっつけてしまう詩人もいるがね。めでたしめでたし、なんて。だが、本当のところは分からないんだよ。二人は帰ってこなかったし、それきり誰も彼らの姿は見ていない。実を言うと私がこの村にやって来たのも、物語の始まりに歌われているこの辺りを一度通ってみたかったからなのだが…おや、何を笑っておられる」

 「いいや。」

老人は、手元の杯をぐいと干して振り返り、篝火の側に屈みこんで薪を継ぎ足そうとしていた少年にむかって声をかける。

 「マグニ!」

呼ばれた少年が振り返る。篝火に照らされて、赤味を帯びた金色の髪が輝く。

 「火の世話はほどほどでいい。お前もちゃんと、食うもんは食って帰るんだぞ。」

頷いて、少年は足元に落ちていた薪をまとめて無造作に抱え上げる。その時、何か小動物のようなものが炎の中から走り出て、飛ぶような足取りで少年の影に隠れたような気がした。――旅の詩人は、目をしばたかせ、もう一度見直してみた。去って行く少年の肩の上に、いつのまにかちょこんと、大きな尾をもつリスのような生き物が乗っている。

 「ご老人、あの少年は?」

 「山奥の村から時々、村の仕事を手伝いに来てくれる子でな。無口だが力持ちでいい子だ。」

 「ここより山奥に村が?」

 「ああ。ここからじゃ三日はかかる。細い道しかないから、余所者のあんたじゃあ途中で迷ってしまうだろうがな。」

微笑を浮かべて、老人は杯に麦酒を継ぎ足した。

 「ささ、飲まれよ。そして食べられよ。長い冬は終わった。祭りが終わったら、春が始まるのだ」

人々の輪の中で火が踊る。雪解け水の流れる小川の音、木立の枝から滴り落ちる雫。冬の間は閉ざされていた木窓が開かれ、家畜たちは外に出される。


 大地の上に満ちる命の気配が、ヴィークリーズの深い森を包みこみ、 ――今年もまた、春がやってくる。

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