幼馴染襲来

「アンナちゃんがきてやりましたよー!」


 俺の幼なじみ、アンナ・ウツツギは天真爛漫という言葉を擬人化したかのような女の子だ。

 顔は全体的に小動物系。

 リスに近いかな?

 肩甲骨が隠れるくらいまで伸びている栗色の髪を後ろでくくっている。

 アヤには申し訳ないが、胸はアヤのよりはるかにでかい。


 ほら、今だってこっちに走ってきてるからたぷんたぷん揺れている。


「お、おう。久しぶりだな。アンナ」

「えっ? ちょっとどうしたのよ? 今日のヒサト何か反応薄いんですけど」


 アンナは首を傾げながら俺の方に歩いてきて――その途中で立ち止まった。


 箒を持ったまま固まっているアヤの姿が目に入ったのだろう。


 そしてアンナは、『箒を持っている=客じゃない』という推測ができる程度には頭がいい。


「――って、えぇええ! 誰? この人? ねぇ、いったい誰なの? もしかしてヒサトのコレ?」


 アヤを指差しながら、弾切れ直前のマシンガンのように言葉を乱射させるアンナ。

 ってか小指立てないで。

 勘違いすんなよ。


「なわけあるかっ。ぜんぜんちげーから」


 慌てて否定したが、アンナはニヤニヤと笑いながら近づいてきて、脇腹を肘で突いてくる。


「なによー。私とヒサトの間に隠し事はなしだぞー。そんな顔真っ赤にして」

「だから違うって言ってるだろ」

「ほー。で、この子アヤって言うのね」


 アンナは、もういじるの飽きましたと言わんばかりに俺に背中を向ける。

 アヤに近づいていき、右手を差し出す。


「私、アンナって言うの。よろしく」

「……あ、え、えっと、よろしくお願いします。アヤって言います」


 アヤは恐る恐ると言った感じで、差し出された手に自分の手を重ねた。


「敬語はなしでいいって。たぶん同い年……だよね? きっと」

「え?」

「ヒサトとは同い年?」

「うん」

「じゃあ同い年だよ。へぇ。やっぱりそうなんだ」


 まだ困惑気味のアヤは、助けを求めるような視線をこちらに寄越した。


 が、俺にできることは何もないし、この展開はむしろ好都合だ。


 アンナは基本その明るさで、誰とでも仲良くなれる。

 アンナならアヤのいい友達になってくれると思う。

 同性の友達がいるって、結構大事だと思うから。

 

「あれっ? ということは……アヤはヒサトが雇った従業員?」

「いや、そう言うわけじゃなくて、兄ちゃんが連れてきたって言うか」

「え? お兄さん?」


 つまりどういうこと? とアンナが続ける。


「だから、えっとたまたま見つけてきたって言うか。その……そいつ身寄りがなくて、それで昨日から一緒に住むことになって」

「えええぇえ! 二人一緒に住んでるの? 一つ屋根の下に男女が二人きりで?」


 アヤ、大丈夫? 襲われてない? と何故かきつくアヤの体を抱きしめるアンナ


 その獣を見るような目つきは、一体何を考えてのことですか?


 俺そんなに信用ないですか?


「いや、兄ちゃんもいるから……一応」

「ヒサトのお兄さんは滅多に帰って来ないでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「アヤ、もしヒサトに何か変なことされたら、すぐ言ってね」

「はい。あ、でもそういえば昨日、お風呂覗かれたかも」


 本当に余計な一言だった。

 ってかアヤの今のザマアミロ的な笑みなに?

 

「あ、あれは事故だって! 俺は知らなかったんだ。兄ちゃんが言ってくれてたらあんなことするわけないから」


 弁明するも、共闘している二人には全く響いていない。

 キリッと睨み付けるアンナの視線がチクチク痛いのです……。


「ヒサトがそんなことする人だったなんて………この変態! 淫獣! アヤちゃんの裸なら私も見たい! どんなだったか詳しく教えて!」


 あれれー。

 さっそくアンナさん裏切りましたねぇ。

 ってか今の言葉のせいでアヤの裸を正確に思い出しちゃったじゃねぇか!


「だから事故だって言ってるだろ! それに簡単に人の裸のこと話すか!」

「はぁー、アヤちゃんの裸は二人だけの秘密ってことですかはぁーそうですか。お二人は仲がよろしいんですねぇ!」

「だからなに言ってんだよ。あと、後ろにいるアヤ怯えてるからな」

「うそっ? ごめんねーアヤ。この見境のない淫獣のせいで」

「原因はアンナだからな!」


 俺とアンナがそんな感じでばちばちやりあっていると、


「くふふっ、ははははっ。なんか、二人とも息ぴったりですね」


 アヤが腹を抱えて笑い始めた。


「ってか大丈夫ですよアンナさん。ちょっとこの変態をからかってみたくて言っただけですから。故意じゃないってわかってるので」


 聞きましたか皆さん!


 もうアヤ怒ってないんですって!


 これでまた心置きなく風呂を覗ける――――とかぜんぜん一切まったくこれっぽちも思ってないですからね。


「まあ、アヤがそう言うならなら、いいんだけど」


 ようやくアンナは怒りを鎮めてくれた。


 ってかそもそもアンナに怒られる筋合いはない。


 むしろアヤの裸の詳細を教えてなんて言ってきたアンナはこっち側の人間だ。


「それに私も小さい頃はヒサトと一緒にお風呂入ったことあるわけだし。むしろ別に今だって一緒に入ってあげるし」


 ちょうど運悪く客人が入ってきてしまい、接客に向かった俺は、アンナの言葉を最後まで聞き取ることができなかった。


 まあ、どうせ大したことは言ってないだろう。


「ありがとうございました。いらっしゃいませ」


 それから三組ほど連続で客がやってきた。


 接客と接客のわずかの間にアヤとアンナの方を見ると、二人は仲良さそうに話していたので、ほっと胸を撫で下ろした。


「ねぇヒサト?」


 店内から客がいなくなってすぐ、アンナから話しかけられる。


「ん? 何だ?」

「ちょっと二人で遊びに行ってもいい?」

「ああ、いいぞ」


 驚いたが、その提案に反対する理由は一つとして存在しなかった。

 

「ほらっ! ヒサトもいいって言ったし」

「えっ? でも掃除がまだ……」

「そんなのほっとけ。どーせヒサトの店なんだから」

「おい最後の言葉は余計だろ」

「小さい男だなぁヒサトは。まあいいや。とにかく行こ! アヤ!」


 アンナは躊躇するアヤの手を取り、強引に外へ連れ出した。

 アヤが持っていた箒が床に倒れる。


 ありがとう、アンナ。

 アヤの友達になってくれて。


「ふぅー……」


 急に店内が寂しくなったように感じる。

 俺は倒れた箒を回収してから椅子に腰かけ、コーヒーブレイク再開した。

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