説明しよう、魔法少女とは――

「ハワイで休暇中だったのに! なんでこんなところにいるのよ!」


 こちらの説明を聞いた後、少女は手にした杖に向かって怒りをぶつけた。

 おかしなことに、杖は杖で彼女の言葉に応じるようにピカピカと点滅している。


 最初は気づかなかったが、杖には羽のような装飾が施されていた。

 左右に伸びる翼のような意匠は何か意味があるのだろうか。 


 少女はひとしきり怒り終えると、考えこむように黙りこんでしまった。 


 転生者とは文化や価値観が異なるため、感情の機微を推し量ることはできない。

 ひとまず、そっとしておくしかない。


 落ち着いたら町へ案内することにしよう。

 このまま待つことになると感じていたが、少女はすぐに近づいてきた。


「……町まで案内するけど、ついてきてくれるかい?」

「……うんっ」


 彼女は消え入りそうな声で頷いた。


 僕が移動を始めると、彼女は後ろからついてきてくれた。

 わりと素直な性格みたいなので、これなら何とかなりそうな気がした。


 そういえば、レイモンドさんのことを忘れるところだった。

 まだ放心状態のままなので、そっとしておくことにしよう。


 僕と少女は麦畑を離れて、イースウッドの町中へと足を進めた。


 町の入り口に到着すると、少女は町の様子をじっと眺めた。

 元の世界とは異なる景色に戸惑っているように思われた。


「……魔法少女の役割はちゃんとこなしていたのに、知らない場所に飛ばされるなんてあんまりだよ」


 彼女は誰にともなく、ぽつりと口にした。

 魔法少女という言葉の意味を考えていると、ふいに耳鳴りのような感覚がした。




 ――説明しよう。

 

 魔法少女マジカル☆エリーこと真行寺エリカは16才の普通の女子高生である。


 ひとたび彼女が魔法少女になると、無限の魔力と超人的な身体能力を発揮して悪の組織をばったばったとなぎ倒していく。


 天翔ける流星すら道を譲る、それが魔法少女マジカル☆エリーなのだ――

 



「……今のは一体、何だったんだ」


 内容は半分ぐらいしか理解できなかった。

 ただ、一つだけ分かったことがある。


「……シンギョウジエリカ?」

「……エリカでいいわ」


 少女の名前はエリカというのだ。

 魔法少女についてはよく分からないままだが、これから知っていけばいいと思う。


「イーストウッドは治安が安定しているし、過ごしやすい気候なんだ。大きい町ではないけど、町の人も穏やかな人がほとんどだから、きっと気に入るんじゃないかな」


 基本的に前向きな情報しか伝えなかったが、僕自身が町を出たいことについては触れなかった。

 

「それじゃあ、この町の町長へ案内するからついてきてくれる」

「……そう、分かったわ」


 言葉は少ないが、さほどこちらを警戒しているようには見えなかった。

 とはいえ、麦畑で垣間見た魔法は危険だったでの、なるべく刺激しないようにしよう。


 町の入り口から歩いていくと、役場の建物が見えた。

 出発してそこまで経っていないのに、ずいぶん前に出発したような感覚になる。


「あそこに町長がいるから、一緒についてきて」


 二人で入り口の扉を通過して、僕の職場にたどり着いた。 

 部屋の中では町長と職員たちが立ち話をしている。


「ただいま戻りました」

「……トーマス君、その女の子が転生者なのかね?」


 町長は信じられないといった様子で、驚くような表情を見せた。

 そう多くない他の職員たちは互いに顔を見合わせている。


「はい。出現場所も同じですし、見た目……服装や外見も周辺の国では見かけないものなので間違いないと思います」

「そうか……」


 町長は何とも言えない様子で深々と頷いた。

 

「……どうしますか?」

「今までと同じように、まずは賢者の石で危険がないか確かめるとするかね」

「ええ、そうしましょう」


 僕と町長、エリカの三人で賢者の石があるほこらに向かうことになった。

  

 賢者の石が設置されているため、正式名称は賢者のほこらという。

 この石はベルリンド公国だけでなく、世界中に存在する。


 ちなみに、ここのように小さな町にはコピー版しかなく、測定できる種類は限られている。


 ・レベル

 ・HP

 ・MP


 これら三つの項目しか測ることができない。

 エリカがどれだけの数値を叩き出すかは気になるところだが、見てしまうのが怖い気持ちもあった。

 

 


 ほこらは町役場からほど近いところにある。

 初老の町長の歩くペースに合わせてもさほどかからなかった。

 

 ほこらは小さな聖堂のような建物だった。

 最後に訪れたのは前回の転生者が現れた時なので、半年以上経っている。

 

 入り口の扉を開いて中に入ると、賢者の石を管理する職員が暇そうにしていた。


 賢者の石が正常に機能するように、ここの管理は町に雇われた人間が担う。

 平たく言うならば、彼も僕と同じ公務員ということになる。


「……ちょっ、町長がいらっしゃるなんて珍しいですね」

 

 ほこらを管理する中年男性は上司の急な来訪に驚いた様子だった。

 普段、人の目が行き届かないのをいいことにサボっているのかもしれない。


「大したことじゃない。そこの女の子が転生してきたものだから、彼女の力を測っておくれ」

「こ、この娘(こ)ですか……」

「ああっ、何か問題でも?」


 町長のやや強めな言葉に、ほこらの職員は口を閉じて従った。

 雇用関係に基づく上下関係はつくづく恐ろしい。


 職員はそそくさとエリカを案内した。

 彼女はほこらの中ほどにある賢者の石(コピー版)の前に立った。


 測定結果が気になるので、邪魔にならない距離まで近づいていく。

 町長も同じ考えらしく、二人で結果を見守るかたちになった。


 そして、エリカの気になるステータスは……。


「――レベル10。女の子にしては高めですね」


 結果を目にした職員がおもむろに言った。


「10だって? いや、そんなはずは……」

 

 畑で目にした魔法を見た限り、もっと高い数値のはずだった。

 

「そこの君、レベルだけでなく他の数値はどうなんだね?」

「失礼しました。HPが80でMPが100です」

「……不思議だね。彼女は元の世界で魔法使いだったんだろうか」


 町長が誰にともなくつぶやいた。

 

 いいえ、彼女は魔法少女ですと打ち明けることはできなかった。

 何とも奇妙な話だし、説明できるだけの情報も持ち合わせていない。


「……そういえば」


 ふと、変身後のステータスも測定した方がいい気がした。



   

・ステータス紹介 その2


名前:真行寺エリカ

年齢:16才

職業:女子高生

レベル:10

HP:80 MP:100

筋力:イーストウッドでは測定不可

耐久:イーストウッドでは測定不可

俊敏:イーストウッドでは測定不可

魔力:イーストウッドでは測定不可

スキル:インフルエンサー直伝! 100%☆可愛く撮れる自撮り

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