第40話 貰った答え

「ええ、何でも聞いて?」


「あんたは魔力について、捻じ曲がった知識が学校で教えられていると知っているみたいだが、なぜ知っている? なぜ捻じ曲げられる必要がある?」

「あー、ごめんなさい。それを話す前に、私からも一つ聞いてもいいかしら。一颯は、日々の生活の中で、必死に人間たちの普通を勉強していたわよね?」


「ああ」

「それはどうして?」


「――――――それは」

「一颯はどうして普通になろうとしたの?」


 それは一颯にとって、決定的な問いだった。


 一颯は昔、人間たちの生き様を見て、こう思った。


――あの人たちは、どうして数を増やしたいだけなのに、アイとかコイとか言って、笑っているんだろう。


 他にも、ユウジョウだとかセイギだとかツミだとか、様々な事柄をあらゆる言葉を使って虚飾していて、訳が分からなかった。


――そっか、ああいうのを、ウツクシイって言うんだね。


 一颯はすぐに直感した。この疑問を持ったままでは立ち行かないと。


 だから一颯は、人間たちと同じように目を逸らして、普通の人とか優しい人とか言って覆い隠して、曖昧なままにしていた。


 その根源にあるものを、必死に考えないようにしていた。


 女はそれを詳らかにしろと言っている。


 人間のふりをするのは止めろと言っている。


「大丈夫よ。その不安こそがこの問いの答えでもあり、その不安は、私たちで必ず払拭するのだから」


 女は、一颯の言葉を待っている。穏やかに、全てを許す聖母のように。


 彼女は全てを知っている。一颯の不安も全て。当然だ。彼女は一颯の創造主なのだから。


「俺は――生きるために、普通になろうとしたんだ」


 一颯には、この広々とした世界の中で、たった一人で生きていける自信がなかった。


 人間の輪から排斥された後の、外にある世界が一体どんなところなのか分からなかった。


 だから一颯は自分を生かすため、人間社会の常識を吸収し、人間社会に馴染もうとしたのだ。人間たちの力を借りることが出来れば、人間たちのように生きていられる。人間たちの力を借りるには、人間たちの仲間にならないといけない――と。


「うん」


 女は笑っていた。子どもの成長を目の当たりにした時のように、満足げに。


「そう、一颯は生きるために普通になろうとした。でも、一颯が普通じゃないなんて誰が言ったの? あなたが普通じゃないなんて誰が決めたの?」

「――は?」


 普通でないに決まっている。この身体の一体どこに普通な点があるというのか。


「一颯はね、人間たちが勝手に作った常識に縛られているだけなのよ。一颯が自分のことをおかしいと思うのはね、一颯が、所属する世界を間違えているからなの」


 まるで、現実を直視出来なかった人間の最終手段みたいだ。一颯は、そうやって嘲る反面、どこかで納得もしていた。


「一颯は人とは違う。なのに人の世界に混ざろうとすれば、当然、軋轢が生まれるわ。人間社会の免疫反応、異物はどこまでいっても異物でしかなく、排斥されるか消されるかしかない」

「だったらどうしろって言うんだ。俺はこの世界で生きていくしかない。追い出されないよう、ひたすらビクビク怯えながら生きていくしかないんだよ」


 諦めを口にした一颯。一颯は女の言葉には浸れない。妄言としか思えない。


 現実世界に生きる上での完全な現実逃避とは、すなわち自死に他ならず、それが出来ない以上、現実逃避はただの無駄だ。


「それは違うわ。この地球上には二百近くの国家があり、国家の中でも色んな民族がいて、集団がいて、そうやって世界が細分化されている」

「適合出来る世界を探せって言うのか」

「それも違う。もう無数とも言える程に世界があるのだから、今さら一つくらい増えたところで、大したことじゃないと思わない?」

「それは――」


 大事でない訳がない。かつて、多くの人々が自分たちのための世界を夢見て、夥しい数の犠牲を生んだ。


 悲惨だっただろう。理想を追い求める最中、ふと振り返った時に見える、山積みの骸。止まるわけにはいかないと更に猛り、それが自滅を招いた。


 確かに、実際に世界を作った人々もいたのは、現実だ。が、今、人間が溢れかえるこの世界に、別のものを受容する余白はあるのか。


「私たちは、私たちのための世界を作るのよ」


 一颯が何を言おうと、その自信は揺らがない。


「見込みはあるのか」

「あるわ」


 女ははっきりと頷いた。


「随分と遠回りしたけれど、さっきの質問の答えね」


 一颯を見据え、厳然とした事実を紡ぐ。


「魔力の定義が誤って教えられているのはね、私がそうするように指示しているから。目的は、魔道具に対する世論工作。魔力消費によるリスクは極小、魔道具使用にて消費される魔力は、胴体部分に存在する余剰分を利用しているに過ぎないのだ、てね。そういう風に、私たちはもう既に動いているの」


――ああ、そうか。


 理解した。


――この世界の常識は、初めから汚染されていたんだ。


「首尾は概ね順調。だからね一颯、私たちの世界を作るため、あなたにも協力して欲しい」


 一颯の口元が弛緩する。


「あなたに、私たちの世界の王になって欲しいの」

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