第20話 オオカミが来たぞっ!

「え、張本人?」

「白希先輩だよ。あの人が関与してなければ、俺もこんな大怪我せずに済んだかもしれない。そういう意味では元凶に一番近い人か」


 一颯はそう言って、スマホを操作すると、


「悪い、ちょっと行ってくる」


 そう断りを入れて、一颯は部室を出ていった。


 数分後、部室のドアから、不満げな表情を張り付けた一人の少女と共に、一颯が姿を見せる。


「白希先輩、とりあえずここに座ってください」


 部室に入って来た初理を、一颯が自分の座る席の隣へと誘導する。


 そして、一颯の説教はすぐに始まった。


「白希先輩、あの光学迷彩魔道具を、どうして外部の人間に渡したんですか」

「そ、それは――」


 初理の目が泳ぎ始める。


「個人的な魔道具の開発までであれば、何を作ろうと基本的に自由ですが、許可なしに外部の人間に譲渡するのは、校則違反、ひいては法律違反になるって、知ってますよね? 


白希先輩が余計なことしなければ、今回の件はもっと簡単に片付いていたかもしれない。先輩の軽率な行動で、たくさんの人が傷つくことになったんです。


――ちゃんと反省してください。これからこんなことが絶対にないように」


 一颯が言葉を重ねるにつれ、初理の意気が萎み、遂には視線を落としてしまった。


 どうやら流石の彼女も堪えたらしい。そう手応えを覚える一颯だったが――


「……だって……だって、一颯が私のこと、全然信じてくれないから……。だから、見返そうと思って、私、頑張って……」


 俯いたまま嗚咽を漏らし、しきりに目を擦るようにする初理。それを見て、一颯は今回の件が、色々と初理を粗雑に扱った天罰であったらしいことを理解した。


 そして、今、更に失敗を重ねようとしていることを直感した。


 そもそも初理は、一颯や綾香が病室で処分を言い渡されている間、学校側に光学迷彩魔道具を没収されると同時に、みっちりと灸を据えられたはず。今の一颯の説教は過剰とも言えよう。


「い、いや、あの、すみませんでした。なんていうか、先輩が、その、そこまで気にしていたなんて知らなくて――」


 一颯はしどろもどろになりながらも、どうにかして事態を好転させようと言葉を重ねる。


「……一颯、反省した?」


 未だ顔を伏せたまま、初理はそう口にした。その様子、口調に、一颯はどこか違和感を覚える。だが、今は気にすべき状況ではない。


「は、はい」


 潔く己の非を認める一颯。それを聞いた初理は顔を上げ、その、ほんの少しの満足感を滲ませた無表情を、一颯に晒した。目元に涙の跡などなく、清々しさすら感じさせる、至っていつもの初理だった。


 先程あった違和感が、一颯の中で明らかな実体と成った。


「先輩、もしかして、嘘泣きですか……?」

「うん。どう? 上手だった?」


 飄々と言ってのける初理。一颯は、胸の奥から、何やら込み上げてくるものを感じた。


「これほどまでに人を殴りたいと思ったことはありません。とりあえず、その左頬を差し出してもらえますか」

「む、本当に反省したの、一颯。女の子はもっと大切に——いひゃいわ」


 一颯は初理の話もそこそこに、その左頬を、むに、とつねった。


 そよ風よりなお弱い非難の視線が向けられる。


 一颯は溜まりに溜まった疲労を溜息にのせ、吐き出した。


 初理への接し方に見直すべき点があるのは事実。あまり彼女ばかりを責めるわけにもいかないのだ。


 一颯は気持ちを切り替えるように、席を立つ。部屋角にある棚から一枚の紙を取り出し、綾香の前に置いた。綾香が瞠目する。


「え、これ……」

「入部届だ。これからもこの部室に入り浸る気があるなら、それを江藤先生に提出してくれ」


 綾香は現在、クラス内の立ち位置に関して、孤立よりなお厳しい状態にあった。


 原因は、先程綾香が話してくれた、今回の件の元凶とも言える一つの噂と、クラスの中心人物を停学に追いやった関係者であるという事実。


 高校生ともなり、色々と賢くなったクラスメイトたちは、表だった行動に移すようなことはない。しかし、日常のほんの一幕に、一生かけても致死量に届かないような、ほんの僅かな毒を混ぜるようにして、綾香の精神を蝕もうとしていた。


 一颯はこれらの情報を、スマホを使って綾香から直接聞いていた。とはいえ、まだ復帰して一日しか経っていない一颯には、実体として把握できてない事柄。今の綾香と、そして他のクラスメイトたちがどんな気持ちでいるのか、一颯にはよく分かっていない。


 だが、一颯は綾香を受け入れる。今はこれが最善であると信じて。


「――ありがとう」


 そこには、まるで宝物であるかのようにただの紙切れを撫でる、綾香の姿があった。

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