プロローグ初陣 2 戦闘開始


『……死に戻り、か。どんな感じか聞いてもいいかい? やっぱり死ぬときは苦しいのかい?』



 トールの言葉に改めて、この世界で迎えた死の時のことを思い出した。


 焼けるような痛み、そして消えさろうとする意識を必死につなぎとめるためだけ思考を続けるだけの意思。この2つだけははっきりと覚えている。



 だが、肝心の死の瞬間となるとよく覚えていなかった。



「――そうだな。死ぬまではすげえ痛かった。もう全身が虫歯になったんじゃないかって感じで。それからめちゃくちゃ焦った。何かがすり抜けていく感じがあって……そして、目を閉じて開いたら」


『開いたら?』


「知らない天井だった」



 笑い声と共にお決まりのセリフを言うと、少しノイズの乗った笑い声が重なった。こんな時、同郷だと言うことを強く実感する。



『知らない天井ね。そっか。死ぬ瞬間のことはわからない、か。当たり前といえば当たり前だよね。臨死体験なんかだと、よく幸福感を覚えるって言うけど』


「そう言うのは無かったな。まあ、実際に死んだわけじゃないから臨死体験と言えるかは疑問だけどな」


『逆に言うと、そう言う感覚がないってことはやっぱり仮想の死なのかもね。ちょっと興味深いや』


「さすが医者の卵だな。俺はそんなこと考えたこともない」


『何言ってるのさ。オカルトだよ、これ』



 雑談でほどよく緊張がほぐれたのか、トールの声はいつもの聞き慣れた穏やかなものになっていた。


 なんとなく心地よい沈黙の後、次にトールが発したのは驚きの声だった。



『シズク、あれ』


「ああ、見えてる……って言うか、なんで見えてるんだって感じだ」



 それは巨大な樹木だった。


 雲海を突き破り、そのこずえを誇らしげに広げているのが遠く離れているはずの空からもはっきりと見える。


 

「下手な山よりも高いんじゃないか、あれ」


『雲頂の高度は約4,000メートルぐらいだから……富士山よりも高いってことになるね』



 事前のブリーフィングで聞いてはいたものの、こうして実際に目の当たりにするとやはり驚かざるをえない。


 この広大な異世界トゥーンでは、とかく地球のスケールが当てにならないことを改めて実感する。


 それまで沈黙を守っていた警戒システムが耳障りな音を立て始めた。


 強制的に視界を覆うように半透明のレーダー・マップがオーバーレイ。大樹から煙のような無数の光点が沸き上がる。



 接触予測まで、あと15秒。



 武器管制システムの安全装置を解除。《アジュールダイバー》の出力が戦闘可能域まで跳ね上がり、機体を震わせる。


 編隊を組んだ僚機に白銀の筋が複雑に浮かび上がっている。


 せきりよく推進システムの放つ、せきりよく場の光だ。


 せきりよく場を制御することで推力をあらゆる方向へ自在に発生させることが可能なこのシステムはトゥーン独自のものだった。


 地球には存在しないし、稼働させることも不可能とされている。


 外見こそ地球の戦闘機に似た《アジュールダイバー》だったが、中身は完全に別物と言っていい。



『第3小隊各機、戦闘体勢』



 さっきまでとはうって変わった指揮官の声でトールが告げる。


 乾いた声でそれぞれの機体から了解の声。女だらけの華やかな、というよりも少しヒステリックな声が重なる。


 そして、最後におまけのようにシズクの声。



『グッドラック』



 トールからの言葉はそれきり途絶えた。


 ほんの数秒で孤独がじっとりと首筋にまとわりついてくる。


 いつもは注意していないと聞こえない電子音がやけにうるさい。


 時間がねばっこい。


 攻撃可能位置に到達。


 二度目の警告音が鳴る。



 同時に小隊が攻撃可能な敵の群れがおびただしい光点として表示される。


 その数135。


 圧倒的な数の差だった。おそらく、敵全体の数は優に1,000を越えているだろう。


 しかもこれはおそらくは第1波でしか無い。敵の巣に強襲をかけるというのはそういうことだった。



 交戦開始。



 レーダーが敵をロックしたと思った瞬間、指は勝手にレリーズを押し込んでいた。数発のミサイルが解き放たれて猛烈な加速を開始する。


 同じようにトールや他の機体からもそれぞれの目標にロックされたミサイルが放たれ、幾筋もの白い軌跡を空に残す。


 ほぼ同時に猛烈な警戒音。


 警告メッセージを読み取るまでもなく、先行していた敵機が特攻するかのような勢いでこちらに突っ込んできているのがわかる。


 もはや敵機というよりも敵ミサイルと言ったほうが正確だ。



『ブレイク!』


『了解!』『う、うん!』『ラジャー』



 編隊リーダーのトールの叫びに従い、シズクを含めた第三小隊のメンバーが一斉に回避を試みる。


 少しどもった感じの声のパイロットの光点がレーダーから消滅した。


 声もなく、唐突に。


 一瞬、何かの間違いとも思ったが直後に表示された被撃墜マークがそれを否定する。


 

『え? うそ? え? え――』



 どこか間の抜けたわいらしい声が唐突に途絶え、また一つ光点が消えて代わりに被撃墜マークが増える。


 誰が? と考える余裕は無かった。



 最初の攻撃をすり抜けた生き残りが反転して、シズクの背後を奪おうとしている。


 反射的にスロットルを押し込み加速しながらの大G旋回。息が詰まり目の前が一気に暗くなる。


 そのまま意識を失いかけるが、S・A・Sスキル・アシスト・システムがそれを許さない。


 すぐさま覚醒するも、息が出来ないのはそのままだった。


 目の奥がじられるような痛みを抱えたまま、反転してシズクの背後を取ろうとしていた5機とヘッドオン。


 ロックオンされた警告音とちやな機動の警告音が二重奏で鳴り響く中、かすかに聞こえた自機のロックオンアラームを頼りにレリーズを押し込む。


 さらに2発のミサイルが解き放たれ、独自の判断で敵を追尾。


 シズクはというと撃ったミサイルのことは忘れて、次の回避行動を開始。あとはミサイルに任せる。


 黒い影がシズクの機体をかすめるようにすれ違う。一瞬見えたそれは巨大な蜂によく似ていた。


 行動も。個体ではなく群を生かすために自らの耐久度を無視しての急旋回。


 そして、自爆。



 息をつく間も無く、さらに数機あるいは数匹の敵が迫る。


 せきりよく推進場をランダム稼働。一瞬で翼が折り畳まれ、重力を無視して機体が見えない壁にぶつかるように大空を跳ね回る。


 パイロットスーツ代わりに身につけている外骨格モジュールのフレームがなければ、あっさりとGでつぶれていただろう。


 それはそれでラクだったかもしれないが。



 だが、それでも数の暴力からは逃れられなかった。


 第3小隊の他の仲間をほふった数十の残存敵機のうちの、さらに数機がシズク機の尾翼付近に食らいつく。


 回避できないと直感して、せきりよく推進の出力をせきりよくフィールドに全て回す。


 フィールド出力が7割に到達する前に敵機が自爆。


 かろうじて本体は守ることが出来たが、フィールドから突出していた尾翼が爆風でもぎ取られる。


 姿勢が崩れ、きりもみ状態で雲海へと落ちていく。雲の隙間から緑に覆われた大地が見える。


 さらに警報が鳴り響く。脳裏に浮かび上がったシンボリックマップには後方から次の群が映し出される。


 姿勢を戻している余裕は無い。


 ありったけのデコイを放出して、そのまま雲の中へダイブ。


 次の群はだまされなかった。


 デコイに惑わされずまっすぐにすり抜けてシズクを追ってくる。このままだと地面に激突するか反転上昇中に追いつかれるか、だ。



 考える余裕もなく、シズクは《アジュールダイバー》を本来のあるべき姿に戻すことを決意した。


 異世界人の駆るもう一つの戦闘フォーム。


 《竜骸ドラガクロム


 異世界の戦士たちは地球人たちと出会う前は文字通り、竜の骨をよろいのようにまとって戦っていたのだという。


 その姿はグロテスクな骨などではなく、実際に見てみると洗練された兵器だということが一目でわかる。


 映像コンテンツでおなじみのロボットとパワードスーツの中間のイメージというのが一番しっくりくるだろう。


 せきりよくフィールドで守られているため、攻撃部位以外の装甲は極めて薄く見える。


 つまり腕部や脚部以外はほとんど生身が露出しているように見えるが、実際にはせきりよくフィールドで幾重にも保護されている。


 このため、一番装甲が薄く見える部分が一番防御力が高かった。



 《竜骸ドラガクロム》は見た目のイメージそのままに小回りが利き瞬発力に優れるが、火器管制能力もなければレーダーも無い。


 目視して亜音速で突っ込んで、こともあろうに剣でぶった切るというおよそ人間離れした戦士をこの世界では騎士と呼んでいた。


 この《竜骸ドラガクロム》をベースに地球の戦闘機のシステムを組み込んだのが《アジュールダイバー》だった。


竜骸ドラガクロム》をパイロットスーツに見立ててアタッチメントとして翼と主推進として大出力のせきりよく推進システム。それに火器管制システムを装着する。


 こうして《アジュールダイバー》として生まれ変わった《竜骸ドラガクロム》は本来のような格闘戦は不可能になるが、代わりに航続距離を飛躍的に伸ばし高高度でのミサイル戦を可能とする。


 そしてダメージを受け、《アジュールダイバー》としての戦闘が継続出来なくなったときには、追加された戦闘機部分のアタッチメントユニットを切り離すことで《竜骸ドラガクロム》として再び戦いへと復帰する。


 この《竜骸ドラガクロム》は地球の技術も盛り込まれた、いわばバージョン2というわけだった。


 《アジュールダイバー》ほどの重武装では無いが、このバージョン2の《竜骸ドラガクロム》は火器管制システムと光学兵器を搭載している。


 もちろん、原型の《竜骸ドラガクロム》が得意としていた格闘戦も可能だ。


 

 高度1,500メートルで雲海を抜けた。目に前に樹海が飛び込んでくると同時に分離シークエンスを起動。


 ほとんど一瞬でコクピット部分を残して機体が四散する。


 残されたコクピット部分が変形して、《竜骸ドラガクロム》の本来の形へと姿を変えてシズクの身体を包み込んだ。


 脳を直接まさぐられるような感覚と共に《竜骸ドラガクロム》との接続が完了する。


 地面が近い。


 上昇、と念じたとたん弾かれるように竜の骸はシズクの意思に従ってせきりよく場を偏向させ推力へと変換する。


 《アジュールダイバー》の時は機体が大きい分、推進力とフィールドはトレードオフの関係になっていた。


 《竜骸ドラガクロム》モードではそんな不自由は存在しない。


 弾かれるように上昇し、一気に雲へと突っ込んだ。


 すれ違いざま、分離した抜け殻に敵の群れがまともに突入し爆発する。


 破片が散弾銃のようにシズクのまとった《竜骸ドラガクロム》に襲い掛かるが、せきりよく場がそれらを全てらしはじかえす。

 

 気がつけば、遠くにあった大樹が目の前にそびっていた。


 生茂る枝からは霧のように金色の煙が上空へと立ち昇っている。その先にいるのはもちろん、異世界人の指揮官が操る《アジュールダイバー》だ。

 

 この世界に存在する生命を支えるエネルギーの流れがたった数機へと吸い込まれていく。


 異世界人たちははるかな昔から、トゥーン世界の各地に点在する大樹から、このエネルギーを採取して生きてきたのだという。


 アピスという蜂のような存在は、その生命の源である大樹に寄生して繁殖する。


 そして、最終的には枯死させてしまう。


 枯死させれば、次の大樹へと移動する。いわば害虫だ。


 いや、規模を考えれば生存競争という方がしっくり来るかもしれない。


 生命の源をアピスと異世界人が奪い合う。勝った方がこの世界の覇者となる資格を得る。


 その争いに加わることの意味を考える余裕もなく、シズクは再び戦闘へと戻る。


 異世界人が満足するに足るだけのミードを回収するまで、撤退は許されない。



【作戦完了】のシンボルサインは灰色のまま、沈黙を守っている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る