第10話 情報、交換、思考


「婚約破棄?」

「そうです」


強い瞳で自身を見つめるウィルにハルスはこれまで得た情報の中からアムの婚約に関するものをピックアップする。


(アミークス・フィゲロアの婚約者はフィッチ家の次男だったか。ふむ、貴族が今回の事件に関与してると第二騎士団オレ達だけでは手にあまりかねん。念のためチェロにも情報を流しておくか)


しばしの思考の末ハルスはウィルの提案に乗ることにした。何より友の為にこんな所まで自分達を探しにきたその熱意に応えたいと思った。


「いいだろう。それで情報のことだが」

「その前に、あなた達が追っているという事件について教えてもらえませんか」

「……」

「これでも口は固いつもりです。それにあなた達が追っている事件の内容によっては私の可能性もある」

「――――。ぷっ、あっははははははは!!役に立たないって!役に立たないってさハルス!あははははっ!!」


ウィルの発言に一拍、イヴェイルは涙を流してハルスの肩をバシバシと叩き笑った。あまりの笑いっぷりにだんだん自身の発言が恥ずかしくなってきたウィルは顔を赤くして隠すように視線を下げる。


「笑いすぎだ、イヴ」

「あー、はははは。ごめんごめん。ついね、つい」

「まったく」


まだ笑っているイヴェイルは放っておき、ハルスはウィルの隣に腰を下ろす。それに倣うようにウィルとイヴェイルも輪を作るように座った。


「半年前、コルト山に金の採掘隊が入ったのは知ってるか?」

「知ってます。採掘の時期は村から出ないよう知らせがくるので」

「あぁ。実はオレ達はその採掘隊の警護を任されていたんだが」

「うん?」

「ん?どうかしたか?」


ハルスの言葉に首を傾げたウィル。釣られるようにハルスも首を傾げる。


?ということはあなた達……っ」


震える指で二人を指す。そこでようやくウィルはあの槍に付いていた印章が何かを思い出した。


「プルウィアの騎士団!?」

「あぁ、そういえばまだ言ってなかったな。オレはプルウィア王国第二騎士団長のハルス・ロット。で、こいつは同じく騎士団に所属するイヴェイル・ロットだ。あ、言っておくけど」

「兄弟じゃないんでしょう。知ってますよ、ロットのことは」

「そうか。賢いな」


ウィルは褒められたことよりも騎士団の者に対して随分馴れ馴れしくしてしまっていたことを今更思い出し、頭が痛くなった。運よく身分の差など気にしないハルスとイヴェイルだったからよかった者の、これが第一騎士団であったなら今頃無礼として切り捨てられていてもおかしくはなかった。


「話を戻すぞ。今回の採掘の時オレ達はある痕跡を見つけた」

「痕跡?」

「あぁ、それは何者かが事前に金を取った跡だ」

「――ッ」

「当然国の採掘隊以外は山に入ることを許可されていない。つまり無断で金を採っている者がいるということになる」

「オレ達は採掘隊と団員の半分を帰して王に報告。その結果犯人を捜すよう指示されたってわけ」


ウィルは事の大きさに気が遠くなりそうだった。しかし知ったからには、いや、知ったからこそ後には引けないと思った。何よりこの話を聞いて、あの屋敷で感じた違和感と疑問が一気に解け、一つにつながった気がした。


「採られた金がどこに行ったかは分かってるんですか?」

「それが全く。この村の誰かが関わっているというところまでは掴めたんだが、行き詰って困っていたところに現れたのが君だ」

「……」

「それで、君の言う情報とは何だ」


ウィルはこれまでに聞いたハルスからの情報を頭の中で整理し、話し始めた。


「村の領主のことを知っていますか?」

「エーアガイツ・フィゲロアか。あまり評判はよくないみたいだな」

「えぇ、まぁ。私、さっきまであいつの屋敷にいたんです。そこで見たのは到底村の税収だけでは賄えなさそうな調度品ばかりでした。数年前まであの屋敷はそんな風じゃなかった。領主って言ったって辺境のこんな村だからたいした金は集まりません。なのにあれだけの高価な壺や絵画……おそらく、何らかの形でエーアガイツ・フィゲロアは事件に関わっています。あいつを問い詰めれば裏で糸を引いている奴も分かるかもしれません」

「領主が黒幕という可能性は?」

「あり得ません。そこまで頭が回る奴じゃないですから」


ウィルの言葉にイヴェイルがけらけらと笑う。ハルスは再び「笑いすぎだ」と言ってイヴェイルの頭を小突き、ウィルから得た情報と自身の持つ情報をすり合わせる。


(エーアガイツ・フィゲロアの羽振りの良さは近隣の町でも聞いた話だ。爵位もない一介の村の領主にしては確かにおかしい。ウィルの話が本当なら十中八九エーアガイツは何かの形で関わっているだろう。ふむ、だがどうやって奴を問い詰める?オレ達のことがバレれば最悪消される可能性も……いや、それなら昨日の時点でそうなっていてもおかしくなかった。エーアガイツの存在はそれほど重要ではないということか?だとしたら大した情報を持っていない可能性の方が高い。トカゲの尻尾きりで逃げられたのでは堪らないな)


考えた末、ハルスはエーアガイツの捕縛をやめまだ暫く泳がせることにした。その言葉にウィルは悔しそうに唇を噛み締める。


「君の気持ちは分かる。だがもう少し待ってほしい。真の黒幕を炙り出せた時にはエーアガイツ・フィゲロアのことも当然取り調べる。その結果事件への関与が認められれば婚約の話もなくなるだろう」

「……分かりました」


渋々頷いたウィルにハルスはほっと胸を撫で下ろす。子どもに悲しい表情をさせて平気でいられるタイプではないのだ。


「それと、すまないがウィル、君に頼みがある」

「頼み?」

「あぁ。それは――」


***


「ではよろしく頼む」

「はい」


ハルス達と別れたウィルは荒れ地を抜け家路に着いた。日はすっかり沈み、リーリーと虫が鳴く夜道を歩く。


「君にはエーアガイツ・フィゲロアの周辺と村人のことを探ってもらいたい」

「それはつまり密偵になれ、ってことですか?」

「あぁ、そうだ。こういった村ではどうしても新顔は目立つ。その点君なら村での顔も広いし信頼もされている。……やってくれるか?もちろん無理にとは言わない。もしも村人の中に黒幕がいれば君はその人物を売ることになる」


ウィルの脳裏には村人達の顔が浮かんでいた。ハーフエルフである自分を最初は遠巻きにしていた人達。でもいつしかそれはなくなり、気づけば村の一員として受け入れてくれていた。


(いるのだろうか。黒幕が。村の皆の中に)


その可能性をウィルは否定できなかった。なぜならエーアガイツにマキダケのことを知らせた何者かがまだ誰か分かっていなかったから。唯一確定していることはだということだ。


「分かり、ました。やります」


それでもウィルは決めた。たとえ村の皆を裏切ることになるとしても、もう諦めないと誓ったのだから。

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