第5話 後悔

「竹田」

 男の声で名前を呼ばれた。まさか……ふり返ると担任の一ノ瀬いちのせ先生だった。なんだ。


「日向ぼっこしていたおばあさんの家から出てきたな、知り合いか?」

 一ノ瀬先生は爽やかな顔で言った。


「あのおばあさんとよく話をしていたので……」

 僕はしどろもどろ答えた。おばあさんの死を哀しがっているように見えるだろうか。


 一ノ瀬先生は僕と歩幅を合わせた。一緒に帰ろうという意味だろうか。


「先生の父親は離婚していてな、あの日向ぼっこしていたおばあさんが父の最初の結婚相手なんだ」


 先生がいきなり身の上話を始めた。何を言っているのか瞬時に理解出来なかったけれど、心がざわついた。


「つまり、あの死んだおばあさんは先生の生みの親なんだよ」


 どくん、心臓の音が大きく聞こえた。さっきもこんな事があった気がする。

 周りを見ると通学路にいるのは僕と一ノ瀬先生だけだった。そういえば先生、あのおばあさんが死んだ時に休んでいた気がする。親戚の不幸とかで。


「月に一度、会っていたんだよ」


 先生が話し続けた。


「母はもう高齢だし、会える内に会っておこうと思ってな。学校の近くなので生徒に見られないようにしていた。あそこの息子とは異父いふ兄弟になるんだ。毎月会うから結構仲良くなったんだよ」


 なんだ、何が言いたいんだ。恐怖と焦りからか、僕は手に汗をかいていた。


「中学三年……受験生だもんな、ストレスがたまっていたのか?」


 先生が僕の目を見て言った。


「竹田が殺したのは先生の大事な母親なんだよ。竹田、高校に行きたいか? 一人の人間を死ぬまで追い詰めるほどのストレスを抱えたんだ、そりゃあ行きたいだろう」


 先生は笑っている。さっきのおじさんも笑っていた。おばあさんも笑っていた。ああ、親子なんだと思った。僕は高校に行けるのだろうか。ふり返らなければよかった……。

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後悔 青山えむ @seenaemu

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