3.ダースとの対話。







「あら、どうしてそう思うのかしら?」


 俺の言葉にダースは微笑む。

 理由を訊ねるその声には、どこか冷たい色があった。

 まるでこちらを殺さんとするような敵意を向けたそれに、固い唾を呑み込む。しかし出てしまった言葉は、もう戻らないのだ。俺は真っすぐに受け止めて、


「理由はいくつかあるけど――」


 そう切り出した。


「一番おかしいって思ったのは、ミレイが誘拐された時だよ」

「……そう。あの時、私も怪我をしていたけれど?」


 ダースは首を傾げる。

 そんな彼に向かって俺は、深呼吸1つ、こう続けた。


「怪我をしていたとかは関係ないんだ。おかしいんだよ。敵がわざわざ、ミレイをどこに連れ去ったかを話すわけがない。それなのに、ダースはミレイがどこに連れ去られたのか、断言してみせた。事実そこにミレイはいた。けれどもそれを知っているってことは、つまり――」


 俺は拳銃を取り出し、こう宣言する。



「内通者以外に、あり得ない」――と。



 凶器を向けて。

 ダースは笑みを崩さずにそれを聞いていた。

 なるほどね、と。小さく頷いてから、こう言った。


「たしかに、その可能性はあり得るわ。私が御堂財閥に情報を流していたかもしれない。――でもね、ミコトちゃん? こうとも考えられないかしら」

「……それは、どういう意味だ?」


 余裕を持った声色で、彼はそれを口にする。



「私はあえて御堂に情報を流した――『スパイ』だ、ってね?」



 そして、それは俺に迷いをもたらした。


「どういう、ことだ……?」

「ここまでバレてるなら、もうハッキリ言うわ。ミコトちゃんの言う通り、御堂に情報を流したのは――他でもない、私よ」

「………………」


 沈黙していると、ダースはさらに続ける。


「私は御堂財閥と『イ・リーガル』の反体制派が、繋がっている情報を得ていたの。そして、そこに大きな金の流れがあることも掴んでいた。だから――」

「あえて、ミレイを危険な目に遭わせた、ってのか!」

「それは申し訳ないことをしたわ。あそこまで相手が早く動くとは、思っていなかったの。でも、結果として御堂財閥から反体制派への金の流れは止められた」

「結果論じゃダメだろ! 彼女の命がかかってるんだぞ!!」

「………………」


 彼の主張に俺は声を荒らげた。

 信じられない。そんな危険を冒すなんて、信じられなかった。

 何よりも守らなければならない女の子の命を、組織を守ることと天秤にかけるなんて。少なくとも、俺には思いつきもしない考えだった。


 俺の怒りにダースは沈黙する。

 そのままの状態で、しばしの間が生まれた。


 どれほどの時間をそうやって過ごしただろうか。

 不意に、ダースはこう言った。


「ミコトちゃんは、ミレイお嬢様のことが好きなのよね?」


 それは、あまりに場違いな質問。

 俺は思わず呆気に取られて、銃を下げてしまった。


「私はね、実はボスのことが好きなの。心から敬愛している」


 それを見て、彼はこちらに歩み寄りながら語り始める。


「だから、そんな方の娘であるミレイお嬢様を殺めるなんて、できないの」


 ダースは、俺の手から銃を取った。

 そしておもむろに、自らの側頭部に銃口を突き付ける。


「これは、絶対の忠誠よ。でも、もしそれが間違いなのだとしたら――」



 彼はまた、優しく微笑んで引き金に指をかけた。




「私はここで退場するわ」




 目を疑った。

 俺には分かった。

 彼が本気なのだと、俺には分かった。


「ダース……!?」


 何故なら、彼の寿命が一気になくなっていったのだから。





 一発の銃声が、体育館裏に鳴り響いた。





 心臓が張り裂けんばかりに、脈打っている。

 呼吸が荒くなっていた。

 ダースは……。



「あらら。うふ、冗談に決まっているじゃない?」



 俺に腕を押さえ付けられながら、そう笑った。

 そんな彼を見て、俺は――。


「馬鹿か!? 冗談じゃなかっただろ! 何考えてるんだ!!」


 怒りを吐き出した。

 間違いなく、ダースはここで死のうとしていた。

 こちらが止めに入らなければ、間違いなく、命を絶っていたのである。


「ここまでしないと、ミコトちゃんは信用しなさそうだから?」


 首を傾げるダース。

 そこには、いつもの笑みが浮かんでいた。

 全身に冷や汗をかいている俺とは、まるで真逆。涼しい顔だった。


「でも、これで信じてもらえるかしら」

「…………分かったよ」


 大きく肩を落とす。

 銃を受け取って仕舞うと、思い出したようにダースはこう言った。


「あぁ、そうね。ミコトちゃんには、これを渡しておこうかしら」

「ん……? なんだ、これ。写真……?」

「えぇ、私とボス。それと――」


 懐かしそうに、目を細めながら。


「ミレイお嬢様の、お母様よ」


 受け取った写真に目を落とすと、そこには仲睦まじい3人の姿があった。

 肩を組んで、本当に幸せそうに……。


「……はぁ。本当に、お前はバカかよ」


 俺は思わずそう漏らした。

 最初から、この写真を見せれば良かったのに、と思う。

 これほどまでに、幸せな関係を見せられたらすぐに、信じたはずだった。


「うふふ。これはね、他の人には絶対に見せない宝物なの」


 それでも、ダースはそう笑う。

 なんだろうか。肩の力が、一気に抜けていく感があった。


「そう、ね。ミコトちゃんには伝えておこうかしら――」



 だが、その時。

 おもむろに、彼は俺の耳元で囁くのだ。

 そして、それは――。







「アレンの動向には、注意しておきなさい」







 俺の身体を凍らせるには、十二分なものだった。



 

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