第5章

1.学園祭では何をする?







 ――すぐ傍に、裏切り者がいる。

 俺の耳に張り付いて離れないその言葉は、学校生活が再開しても残っていた。

 考えたくはない。それでも、ミレイの命にかかわる情報だった。だとすれば決して、無視できる情報ではない。だからこう、クラスメイトも敵に見えて……。


「ミコトくん。どうしたのですか? すごく、怖い顔してます」

「……え。あぁ、ごめん。考え事してた」

「考え事、ですか?」


 と、そう考えているといつの間にか休み時間になっていた。

 隣の席に座るミレイが、心配そうにこちらを覗きこんでくる。小首を傾げて上目遣いに。いま最も不安であろうはずなのに、彼女はやはり、彼女だった。

 そんな少女に心配をかけないように、俺は話題を提供する。


「あぁ、そうだな――もうじき学園祭だろ? クラスの出し物、なにかなって」


 それはまさしく、ミレイの食いつきそうな話だった。

 彼女は普通の学生生活に憧れていたのだ。だからこういう風に言ってあげると、ぱっと表情を明るくする。そして、ニコニコの笑顔になって頷くのだった。


「楽しみですね! 私、こんな催しに出るの初めてなのです!」

「ははは、ホントに楽しみだな」


 その笑みに釣られて、俺も笑う。

 でも、心からの言葉だった。以前の俺なら、学園祭なんてリア充のイベントだ――滅んでしまえ、と思っていたに違いない。

 それでもミレイのこの喜びようを見ていると、そんな気持ちも引っ込んだ。


「ミレイは何がしたい?」

「そうですねぇ、色々ありますけど――」


 うーん、と。

 人差し指を唇に当てて、彼女は考え込んだ。

 そうしていると、どこか聞き覚えのある声が届いた。



「もちろん、キミたちのクラスは『メイド喫茶』に決まっている!」――と。



 声のした方を振り返った。

 そこにいたのは――。



「き、貴様はまさか……!」

「ふっ、驚いているようだな我がライバルよ!!」



 タイガだった。

 彼は格好つけて構えながら、最後は髪を掻き上げる。

 しかし、俺はそれに対して……。


「いや、そんなに驚いてない」

「急に冷めた対応するのはやめてくれ! 友よ!!」

「いつから友になったんだよ。ライバルはどこに行ったんだよ」


 淡白にツッコみを入れた。

 するとタイガはショックを受けて涙目になる。

 ――が、すぐに気を取り直したのか。一つ息をついてこう言った。


「こういった際には、メイド喫茶だと相場が決まっているだろう?」

「どこの相場だよ。さては、最近ラブコメにハマってるな、貴様」

「ふふ。そこに気付くとは、さすがは我が盟友だ……!」

「どんどんグレードアップしていく……!?」


 いやいや。

 こんな馬鹿なやり取りをしている場合ではなかった。


「……それで、どうしてメイド喫茶?」


 俺が訊ねると、おもむろにタイガは肩に腕を回してくる。

 そして、ミレイには聞こえない小声で熱っぽく語った。


「キミは見たくないのか? ――赤羽さんの、メイド姿が!」

「そ、それは……っ」




 ――――見たいっす。




 いや、もうね?

 そんなの見たいに決まっているじゃないですか。

 好きな女の子のメイド姿。ヲタク男子としては夢ですよ、たぶん。


「い――いや、しかし。無理矢理に着させるわけには……!」


 だが、そこで自制心が働いた。

 そんな時だ。俺の耳元で悪魔が囁いた。


「逆に考えるんだ。無理矢理だからこそ、いいじゃないか、と!」

「…………っ! タイガ、お前!」


 全身に電流が流れる。

 驚いて見れば、そこにはタイガのしたり顔。


「ふふん。その目は、どうやらイメージが降りてきたようだな」


 彼は俺の表情すべてから感じ取ったらしい。

 俺の、敗北を……!


「くそっ、そんな誘惑に勝てるわけねぇじゃないか……!」

「いいや。友よ、これは敗北ではない」

「タイガ……?」


 こちらが肩を落としていると、それを励ますようにタイガは言った。

 そう、これは勝ち負けではなく――。




「大いなる、第一歩だ」――と。




 俺はこの時に初めて、九条大我という人間を人生の先輩だと思った。

 覚悟を決めて立ち上がり、ミレイの方を見て、


「ミレイ、いいかな?」

「はい……?」


 ゆっくりと、こう提案した。





「メイド服、着てくれるかい?」





 真っすぐに、円らなその瞳を見つめて。

 すると彼女はどこか、恥じらいを見せながらこう答えた。




「………………はい」




 消え入るような、そんな声で。



 俺とタイガは無言で向き合い、手を掲げた。

 そして、力強くハイタッチを交わすのであった……。




 

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