2.尾行の果てに見たもの。






「お兄ちゃん、なにやってるの……?」

「静かに! いいか、音をたてるなよ?」


 俺は早速、ミレイと黒服の男性を尾行した。

 流れとはいえ海晴もついてきてしまったが、これは不可抗力。

 なるべく家族は巻き込まないように。そう思っていたが、仕方なかった。


「昨日はまだ、そんなに短くなかったはず」


 リミットは2時間後。

 昨日、学校で会った時はまだ余裕があったはず。

 それだというのに、いったいなにが彼女の寿命を縮めたのか。その可能性を考えると、相変わらず肝が冷える。だけど、俺は深呼吸をして思考を巡らせた。


「あの男は、ボディーガードのはず」


 状況を改めて確認する。

 いま、俺たちがいるのは街角を曲がった先にある路地裏だった。

 普段なら間違えても入らない、そんな場所。そこにミレイは警護の男性と二人きりで入っていった。そして、迷わずに進んでいく。

 それを考えると、何かしらの目的がある、ということか。

 そうなると――。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん? これってストーカー?」

「ぶふっ……!」


 そのタイミングで、後ろに隠れた海晴がそんなことを言いやがった。

 俺の思考はそこで一度、寸断される。


「な、なに言ってんだ!?」

「だって。お兄ちゃんの好きな人って、あの女の子なんでしょ? それを黙って追いかけるなんて、正直言って気持ち悪いよ」

「うるさいな! これには、深いわけが……」


 身の潔白を証明するために、俺は小声で必死に訴えた。

 だが、そうしていると。


「……って、見失った!?」


 いつの間にか、ミレイたちはどこかへ消えていた。

 ええい。こんなアホな会話のせいで、あの子を死なせてたまるもんか!


「海晴、お前はここで待ってろ! いいな!?」

「あ、え? ちょっと、お兄ちゃん!?」



◆◇◆



「くそ、どこに行ったんだ……?」


 俺は路地裏を駆け回って、彼女たちを探した。

 しかしすでに、どこかの建物の中に入ってしまったのか。どこを見回しても、それらしい影に出会うことは叶わなかった。

 次第に焦りが強くなってくる。

 ここまでか、と。そんな気持ちまでもが生まれた、その時だった。


「ん、この声は――ミレイ!?」


 微かにだが、彼女の声が聞こえた。

 それは一つの建物の中から。俺は少し考えてから――。


「いいや、考えてる場合じゃない、よな」


 すぐにそう結論付けて、そこへと足を踏み入れた。

 その瞬間。




「――――動くな、手を挙げろ」




 カチャリ、と。

 右側頭部に、黒く硬いなにか冷たいものを突き付けられた。

 聞こえたのは男性の声。その声には、聴き覚えがあった。それは、


「ほう。ずっと尾行されているから、誰かと思えば……」


 ミレイの護衛の男。

 彼は感情のこもらない声で、そう言った。


「お嬢様のことをつけていた、か。そういえば、あの時もそうだったな」


 男性は淡々と言葉を並べていく。

 どうやら、俺のことをかなり警戒している様子だった。


「お、俺は――」

「おっと、喋るなよ? 数秒でも長く生きていたいならな」


 弁明を計ろうにも、その権利さえ奪われる。

 不味い、と。背筋を冷たいものが伝っていった。

 このままでは、ミレイを助ける前に俺が死んでしまうかもしれない。それではダメだ。しかし、寿命が見えるだなんて話が、こんな状況で通じるとは思えない。


 静寂の中には、張り詰めた緊張感。

 その中で、心臓の鼓動音だけがやけにうるさい。


「さて、状況から考えて。お前は消しておいた方が良さそうだな」


 そして、ついに男性はそう口にした。

 引き金に指をかける音。俺は、ここまでかと、唇を噛んだ。






「――――待って、アレン!」






 瞬間、悲鳴に近い彼女の声が聞こえた。

 男性の動きが止まる。


「ミレイ……?」


 俺は声のした方向――薄暗い店内の、その奥へと視線をやった。

 すると、そこにいたのは……。





「…………へ?」





 思わず、そんな声が漏れた。

 そこにいたのは、アニメキャラのコスプレをした彼女だったのだから。


 

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