第2章

1.ミレイの笑顔のために。





 ミレイを守ると宣言した夜のこと。

 俺は自分の部屋で計画を練っていた。なにかと問われれば、いかにすれば彼女が普通の女の子として暮らせるか、というもの。

 マンションに送り届けた後は、ダースと初日の黒服男性がいる。そのため俺が基本的に注意するのは、彼女の寿命が急に短くならないか、ということ。

 そして、もう一つは彼女を笑顔にすることだった。


「…………んー」


 とは、思ったものの。


「お、思いつかねぇ……!」


 女の子と遊ぶ機会なんてまるでなかった俺だ。

 そんなわけで、妙案がちっとも思い浮かばなかった。先日のデートはほとんど雑談してただけだし、スイーツは食べたけど、それ以外にミレイが喜びそうなものが思い浮かばない。いいや、そもそも普通で良いのか? 話はそこからのようにも思えて……。


「あがぁ――っ!? 駄目だぁ!!」


 俺は椅子からベッドへとダイブ。

 そして、己の甲斐性のなさに小さく涙するのだった。

 するとその時――。



「お兄ちゃん、なに騒いでるの? うるさいんだけど……」



 光明が差した。


「あ……」


 そうだった。

 年頃の女の子が、我が家にはもう一人いるではないか。

 坂上海晴――俺の一つ下の高校一年生。こいつ、それなりに流行を気にしているらしく、そういった情報については俺よりも詳しい。

 だとすれば、ここはもう兄の威厳だとかそんなのどうでもいい。



 大好きな女の子を笑顔にするためだ。

 俺はいかなる犠牲をもいとわない――!



「海晴サマ! お願いがあるであります!!」

「え、なに急に――キモいんですけど」

「ぐふっ……!?」


 おのれ、海晴の奴め――的確に傷付くことを遠慮なく言ってきやがる!

 だが、今日の俺はその程度では屈しないのだ。

 深々と頭を下げ、


「頼む、俺と一緒に――」



 その願いを口にした。



◆◇◆



 その週末のこと。俺は、近所の駅前を歩いていた。

 隣にはミレイ――ではなく、海晴である。何故かというと、俺が妹に願い出たからだった。『頼むから、女の子の喜ぶことを教えてほしい』、と。

 まぁ、その代償は大きかったわけだが……。


「話題のクレープデラックス、奢りだからね? 分かってるよね」

「分かってるよ! ……くそ、小遣い日までもつか?」


 そんなわけで。

 俺は財布の中身と威厳を代償に、知識を得たのだった。

 いまはその帰り。海晴のいうところの『クレープデラックス』なるものを買いに向かっていた。そうしていると、唐突に妹はこう口にする。


「それにしても、お兄ちゃんが三次元の女の子に興味を持つなんてね?」

「なんだよ、人をキモヲタみたいに……」

「いや、オタクでしょ」


 反論すると、そんな言葉が返ってきた。

 一刀両断。


「で? なんだよ。なにが言いたいんだ?」

「いやー? お金の使い道なんて、ラノベかマンガ、アニメのDVDしかなかった兄が成長したんだな、と。妹の私としては嬉しい限りなのよ」

「……ずいぶんな言いようだな、おい」

「でも、事実でしょ?」

「…………」


 海晴はててて、と先を歩くとこちらを振り返った。

 そして、こう言う。



「いまのお兄ちゃんは、たぶんカッコいいよ!」――と。



 満面の笑みで、本当に嬉しそうに。

 しかし俺はそれに対して、不満をぶつけるのだった。


「『たぶん』は余計だろ……?」

「これからに期待、という意味ですよ~、っだ!」 


 すると、ころころと笑うのだ。

 その反応に、俺は呆れて肩を落とそうとした。その時だった。



「ん、アレって……?」



 どこか、見覚えのある人物を見かけたのは。

 それは最初にミレイを助けた日に、彼女を迎えにきた黒服の男性だった。

 服装は少しラフなそれだったが、サングラスをかけた顔立ちはそのままだから分かる。そして、そんな彼の隣を歩くのは……。



「――――っ!?」



 ミレイだった。

 それだけなら良い。休日なのだから、と思った。

 しかし見過ごせないことがある。それというのは、もちろん――。



「また、少なくなってる!」




 またもや、彼女の寿命が短くなっていることだった。



 

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