第45話 ユウとアリア①
――<エンフィールド>と<ナイチンゲール>のドッキングから数時間後。
「いやー、今は楽でいいわよねぇ。周囲の索敵とかは<ナイチンゲール>がやってくれるから自由時間が増えて嬉しい限りよ」
「不謹慎かもしれないけど確かに一理あるわね。『ベルファスト』を出てからほとんどブリッジにいたし、ゆっくり過ごせるのはありがたいわ」
ルーシーとアリアが無重力になった艦内の通路を移動していると前方から男女が言い争う声が聞こえて来る。
「頼む……お前じゃないと駄目なんだ。分かるだろ!?」
「ユウの気持ちは分かるけど。やっぱり駄目。その方があなたの為なのよ……そうでしょう?」
何事かと思い二人は気配を殺して通路の角に隠れて様子を窺う。するとそこにはユウとレナがいた。
通路の壁に背中をつけるレナに対しユウは片手を壁に付いて彼女が逃げないようにしている。
その状況を目の当たりにしたルーシーは喜び、アリアはただただ驚くばかりだった。
「ちょ、アルマ少尉が壁ドンしてるぅ。朴念仁だと思っていたけど中々やるじゃない。それにしても彼ってああいう幼い感じの眼鏡っ子がタイプだったのねー。意外だわ」
「…………」
「って、アリアどうしたの? さっきからずっと黙ってるけど。まあ、艦長としては艦内で起きた不純異性交遊に遭遇してどうしようか悩んでいるんでしょうけど、ここは生暖かい目で見守ってやりましょうよ」
「そ、そうね……それがいいわよね……」
そうこうしているうちにユウとレナは口論をした後この場から去っていった。
「あの感じだとアルマ少尉があの子に一方的に好意を寄せていて、当の本人はあまり乗り気じゃないって感じね。一見、脈は無さそうだったけど、女性側もちょっとまんざらじゃなさそうな感じだったし、今後どう転ぶか楽しみね」
「……そうね。ルーシー、私用事があるからここで失礼するわね」
そう言い残し、アリアもまたこの場から去って行く。彼女の後姿を見ていたルーシーはいつもと違うアリアの様子に少々面食らっていた。
「アリアのあの感じ……もしかして怒ってた?」
アリアは自分の中の複雑な感情を整理しようとしながら艦内を移動しある場所へと到着した。
そこは<エンフィールド>内の展望室だった。ソファが数席設置されており、その正面には強化ガラス製の窓になっていて外の風景を眺める事ができる。
戦闘配備になると窓にはシャッターが下りて展望室は立ち入り禁止になるが、それ以外の時は休憩の為にクルーが訪れる憩いの場所だ。
アリアがお気に入りの席に座ろうとするとそこには既に先客がいた。その人物を見て彼女は驚いてしまう。
「アルマ少尉……!?」
「え……あ、艦長! 失礼しました、自分はこれで」
そこにいたのはさっきまでレナと口論していたユウだった。ユウは艦長であるアリアが休憩に訪れたと考え自らはこの場から離れようとする。
しかし、それを引き止めたのはアリア本人だった。
「ちょっと待って。別に私に気を遣う必要なんてないわ。あなたもここで休憩していたのでしょう? それならもう少し休んでいったらいいんじゃない」
アリアはそう言って、ユウと座席一つ分離れた場所に座る。
艦長が近くに座った為、ユウは少し落ち着かないながらも再び腰を下ろした。
「…………」
「…………」
二人の間に暫く沈黙が続く。ユウが話題を模索しているとアリアの方が先に口火を切った。
「アルマ少尉、あの……まず最初に謝っておくわ。ごめんなさい」
「え、何ですか突然?」
「実はさっきあなたと女性が通路で口論しているところを目撃してしまったの。その一部始終を見てしまって……本当にごめんなさい」
「ああ、あれですか。むしろあんな所で言い合いをしていた俺の落ち度です。すみませんでした。彼女――レナ・メドスは<Gディバイド>の設計者で、あの時は機体のリミッターを任意に解除できるように頼んでいたんです。でも、それは危険だと言われて断られていて……」
「え……リミッター? 男女のもつれじゃなくて?」
「……どうしてそうなるんですか。俺とレナの間に恋愛感情なんてありませんよ。第一彼女の恋愛対象はロボットだけなので」
「そ、そうなのね。そっかぁ、そーかそーかぁ」
さっきまで重苦しそうだったアリアの表情が一気に明るくなったのを見てユウは不思議に思っていた。
今までアリアと会話をしたのは戦闘中やブリーフィングの時のみ。普段の彼女がどういう人間なのか彼が知る由も無い。
それにユウはアリアが笑うところを始めて目の当たりにし、何処か懐かしい不思議な感覚を覚えていた。
「艦長ってそういう風に笑うんですね。初めて見ました」
「……え、私笑ってた?」
「凄くにこにこしていましたよ。何か良い事でもあったんですか?」
「そう言う訳じゃないけど。……そーだわ! そう言えばアルマ少尉は記憶喪失だったわよね」
「そんな無茶な話題変更の仕方ってあります!? ――まあ、確かに俺は二年以上前の記憶が無いですけどそれがどうかしましたか?」
無理矢理話題を変えられた事にユウは戸惑いつつ、これで会話が途切れなくて済むのでそれはそれでいいかと思うのであった。
「少尉は『シルエット』に所属してから何か思い出せたことは無いの? 例えば、何処のコロニーで生活していたとか」
「……いいえ、全く。でも、手掛かりがない事も無いんです」
「――え?」
「俺はどうやら、あるコロニーと『地球連合軍』との戦いに参加していたみたいなんです。戦闘が終わった後、俺は大破したオービタルトルーパーに乗ったまま漂流していたらしいです。そんな俺を回収してくれたのが『シルエット』の部隊で、意識を取り戻した俺は記憶が無い状態でした。だからその時の記録を確かめれば、恐らく俺が何処のコロニーに所属していたのかが分かるとは思います」
「でもあなたはそうしなかったのね。……それは何故?」
アリアがためらいがちに訊ねるとユウは一呼吸おいて話を再開する。その視線は窓の外に向けられていたが、何処か遠い目をしていた。
「俺は記憶を失っていました。このユウ・アルマという名前は俺が身に着けていた認証プレートにそう刻まれていたからそう名乗っているだけであって、これが俺の本当の名前かどうかすら分からないんです。そんな何もかも忘れていたにも関わらず、俺の身体は戦い方を覚えていた。――銃を始めとした武器の扱い方、人の殺し方、それにオービタルトルーパーの操縦の仕方。そんな奴がまともな人間だったとは思えない。それなら忘れたままの方がいいんじゃないかって思ったんです」
「……そう。それがあなたが出した結論なのね」
「はい」
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