第44話 ドック艦ナイチンゲール

 資源衛星リザード攻略戦から数日後、戦闘で左舷を小破した機動戦艦<エンフィールド>は、リザードに留まりある者の到着を待っていた。


「ルミナス艦長、十二時の方向にレーダー反応がありました。ライブラリー照合……<ナイチンゲール>です」


 オペレーターのメイ・シャンディ伍長が報告する。

 宇宙戦艦というには余りにも規格外の大きさに、<エンフィールド>のブリッジクルー達は驚きを隠せないでいた。

 艦長席の傍に立っていた副長のアルバス・マコーミック大佐は、ブリッジのメインモニターに映る巨大構造物に目を向けている。

 

「さすがドック艦<ナイチンゲール>ですな。時間ぴったりの到着とは、道中特にトラブルはなかったようで安心しました」


「ええ、そうですね。……それにしても本当に大きいですね、私は初めて拝見しましたが、確か全長千五百メートルの巨大な艦でしたよね」


「その通りです。我々『シルエット』は慢性的な資源不足ですからな。人材も兵器も余裕がなく、それらを効率的に運用する為の移動拠点として開発されたのがあのドック艦です」


 艦長のアリア・ルミナス少佐とアルバス副長の会話にCICオペレーターのルーシー・ルーン軍曹が加わる。


「それに加えてオービタルトルーパーの生産ラインも備えているんでしょ? 本当にハンパないわね」


「確かに拠点としては優秀でしょうな。しかし、見た目に反して戦闘力はそれほど高くはないのですよ。あれはあくまでドック艦――味方艦の修理が主な役目ですからな」


 その時、通信が入りメインモニターには<ナイチンゲール>の艦長トマス・ヒリング大佐が映し出される。

 

『<ナイチンゲール>定刻通りに到着しました。……お久しぶりですな、アルバス大佐』


 トマスの強面を目の当たりにしたクルー達は一瞬ギョッとしたが、その朗らかな笑顔を見て一同ホッとする。

 その様子に気が付いたトマスは苦笑いを浮かべていた。


「十ヶ月前のモルジブ戦役依頼ですな。すみません、トマス艦長。何分若いクルーが多い者で、強面の軍人にはまだ慣れていないものですから」


『……相変わらず元気そうで何よりですよ。自分の顔を見て他人が驚くのにはいい加減慣れていますので補足はいりませんよ。それで、そちらの艦長はどちらにいますか? 早速、<エンフィールド>の修理を開始したいのですが』


「あ、はい。申し遅れました。私が<エンフィールド>艦長、アリア・ルナミスです。よろしくお願いします、トマス艦長」


『こちらこそよろしくお願いします、アリア艦長。しかし、噂には聞いていましたが予想以上にお若くて驚きました。――アルバス大佐は女たらしなので注意をしておいた方がいいですよ』


「忠告ありがとうございます。ですが、既に予防線は張っているので大丈夫だと思います」


 アリアが笑って答えるとトマスも同様に笑って見せる。そんな二人のやり取りをアルバスは少し苦々しい表情で見ていた


「……ごほん。トマス艦長、公の場でこちらの艦長をナンパするのは控えていただきたいのですが。確かにアリア艦長は若くて容姿端麗、特にGカップのバストときたら目のやり場に困るぐらいの――」


『本当に相変わらずスケベですな。よく今までセクハラで訴えられなかったものですよ』


「私もそう思います。今は副長のセクハラ発言をまとめている所なので、一定数に達したら提出しようかと思っています」


「何と!? 艦長、裏でそんな事をしていたのですか? ……いや、しかし私はこのスタンスを崩しはしませんぞ」


 しょうもないやり取りが行われた後、<エンフィールド>は修理の為に<ナイチンゲール>とのドッキングに移行した。

 <ナイチンゲール>の左舷に設置されている小型ドックのハッチが開放され、<エンフィールド>を収納する為にガイドビーコンが照射される。

 宇宙に照らし出された光の道に従って、ゆっくりバックで車庫入れを行っていく。


「<エンフィールド>、ガイドビーコンの射線上に乗りました。これより本艦のコントロールが<ナイチンゲール>に移ります」


 メイがアナウンスすると、操舵手のルドルフは操縦桿から手を離し「ふぅ~」と大きく息を吐く。

 こうして<エンフィールド>は無事に小型ドック内に格納・固定されハッチが閉められる。

 それから間もなく各種ケーブルが接続され、<ナイチンゲール>側から電力の供給が開始されると<エンフィールド>はエンジンを停止し、しばしの休息に入るのであった。




 <エンフィールド>の搭乗口に<ナイチンゲール>側から伸ばされた搭乗橋が接続され、二艦のクルーの行き来が開始された。

 格納庫でも隔壁が開放され人や物資がメンテナンスの為に入って来る。

 ユウ達アンデッド小隊の面々が自機のメンテナンスに立ち会っていると、この場に場違いな人物が格納庫に入って来た。

 <ナイチンゲール>の技術スタッフが着用する作業着に身を包んでいるのは、まだ十代半ばぐらいの少女だった。

 まだあどけなさが残る金髪ショートの少女は眼鏡を指先でくいっと上げると、目の前に佇む白い機体――<Gディバイド>に微笑みかける。


「ちょっと君、こんなとこに来ちゃ危ないよ。これからこの機体はメンテナンスを受けるんだから離れなさい」


 <エンフィールド>整備班班長のカズヤが注意すると少女は頬を膨らませて不機嫌な様子を隠さずに言う。


「私はそのメンテナンスの為に来た技術者よ。自分が設計した機体なんだから、この子の事は誰よりも私が知っているわ。分かったら通してちょうだい!」


「自分が設計したって……まさか<Gディバイド>を? おいおい、冗談はよしてくれよ。参ったなー」


 カズヤが少女の扱いに困り果てているとコックピットから降りて来たユウが何事かとやって来る。


「レナか!?」


「ユウ!」


 ユウに気が付くとレナと呼ばれた少女はユウに抱き付いた。格納庫内は無重力である為、抱き付かれたユウは後方に向かって浮かび上がる。

 宙に浮きながら手でレナを押しのけると彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


「聞いたわよ~。またこの子のリミッターを解除して戦ったんですってね。全く、意図的にロックを掛けたのにどうして二回も解除されるのよ。あなた、何かこの子に変な事でもしたんじゃないでしょうね?」


「そんな事俺ができるわけないだろ。前回も今回も夢中になって気が付いたらリミッターが外れてたんだよ。……でも、丁度良かった。その件についてレナに相談したい事があったんだ」


「その件って、もしかして……」


 格納庫で宙を舞う二人の向こう側には白い機体<Gディバイド>の姿があった。

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