君と最後の時間を

@aosuzunazuna

君と過ごす最後の時間

目を覚ますとそこは電車の中、僕の瞳には景色が鮮明に映し出されていた。そして目の前には一人の女の子がいて僕を見ていた。


「ねえ、どうして君がここにいるの…?」

目の前の彼女は聞いてくる。どうして、どうしてなんだろう。


「そっか、記憶が混乱しているんだね」

思い出そうとしても何も思い出せない。


「一人で退屈だったんだ。少し話し相手になってよ」

電車に揺れる音が、ゆっくりと時間を刻んでいく。


「私はね、幼くして家族を亡くしたんだ」

電車内は僕と彼女の二人だけだった。彼女の声が鮮明に聞こえる。


「施設に引き取られ友達もいなかった、ずっと一人だった」

彼女は寂しそうに笑う。


「でもある日施設に新しい子が来た、その子も私と同じで家族も友達もいなくて引き取られてきたんだと知った」

電車の窓から日が差し込んできて、辺りをオレンジ色に染めていく。


「私はその子と仲良くなった。たくさん話して、たくさん遊んで、帰るのが遅くなって怒られたりもした」

過去の思い出を一つ一つかみしめるように話していく。


「彼は生まれつき目が見えなくて今まで遠くに出かけることができなかったって言ってた。だから私が彼の手を引いて色んな所に一緒に行った」

きっと彼女にとってとても大切な思い出なのだろう。


「彼の嬉しそうな顔を見るのが好きだった」

彼女は目を細めて穏やかに微笑む。


「気づけば彼は私の大切な人になっていた」

ふと彼女と目が合い、僕はその瞳に吸い込まれそうになる。


「初めて人を好きになった。だけど、彼はきっと私のことを好きじゃない、だからこの気持ちを隠そうと思った」

彼女の瞳にふと影が落ちた。


「一緒にいられるだけで幸せだからそれでもよかった」

日が雲に隠れて彼女の表情が見えなくなる。


「でも……そんな当たり前の幸せでさえ神様は許してくれなかった」

気づけば辺りは暗闇に包まれていた。


「いつも通り出かけていたあの日、歩道にトラックが突っ込んできた」

彼女の声は震えていた。


「逃げようとしたけど、彼は目が見えなかった逃げられずにいた。トラックはすぐそこまで来ていて、彼を連れて逃げる時間がなかった」

震える声を必死に支えて彼女は喋る。


「私は必死に彼をかばった。だけど彼を守り切れなかった」

窓から少しだけ灯りが差し込む。


「ごめんね、もう時間がないみたい」

もうすぐ終着駅だ。


「君と会えてよかった」

もう別れの時間がくる。


「君ともう一度話せてよかった」

もう、会えなくなってしまう。


「そんな心配そうな顔しないで?」

お願いだから、行かないで。


「大丈夫……私がついてるからね」

彼女は僕を優しく抱きしめる。


「お別れは笑顔でしなきゃ……ね?」

僕を包むその腕に、ぎゅっと力が入っているのが分かった。


「今度はちゃんと守るから」

彼女の笑顔が、言葉が胸を締め付ける。気づけば僕の頬にも涙が伝っていた。



「『大好きだよ』」



 次の瞬間、電車のドアが開き、僕は突き落とされた。そのまま深く落ちていき景色が見えなくなっていく。宙に浮かぶ灯籠が電車を温かく照らしていた。


********


 目を開けるとそこにはただの暗闇と無機質な音、そして微かに勿忘草わすれなぐさの香りがした。







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