第四章 妖怪

第二十話 実力確認


 郷長の裏切り疑惑の件は、とりあえず無罪という結果に落ち着いた。


 とりあえず、というのはまだ疑っている者はいるものの、今の退治屋に臨機応変な指示を出せる適任者が今の郷長以外にいないのが理由だった。


 他にも別の人間に疑いの目を向けた者もいたが、すぐに行動に移すことはしなかった。

 全体的に想像以上の苦戦に参っているのか、足並みが上手く揃わないことに郷長も悩んでいた。


「ここまで規模の大きな任務に当たるのは全員はじめてに近いから、動揺も大きいんだろうなあ。仲間割れなどしている場合ではないのだが、人がこうも集まって活動するとなると、争いは生まれてしまうものだ」


 小春たちの訓練を見に来ていた郷長は、空を仰ぎながら誰にともなく呟いた。


「郷長さま、いつになくお疲れのご様子ですこと」

 牡丹がからかうように笑った。


「さすがに歳にはかなわんな。ところで、あやつらの調子はどうだ、少しは仕上がってきたか?」


「なかなか優秀揃いですよ」

「今日は基礎訓練のおさらいか?」


「そんなところですね。苦手分野があれば、徹底的に強化させるって銀次が息巻いてました」


「ほう、ならちょうどいいかもしれんな。実は明日、お主らの先輩が任務を終えたそうで、こちらに応援に来てくれることになってな。二班に分かれて浄化作業に入ってもらおうかと考えておる」


「それって、鳥先輩たちのことですかっ?」

 牡丹の表情が一気に明るく輝いた。


「本当にお主らは仲が良いというかなんというか。皆もそうなってくれれば良いのだがなあ」


「人間だけじゃないですよ、集団になると派閥争いを起こすのは。多少は割り切らないと。じゃ、銀次と鶴彦に班分け相談しておきますね」


「おう、まかせたぞ」



 次の日の朝、郷長の宣言通り新たに三人の先鋭が役場に到着した。


「お久しぶりです、郷長様」

「よく来てくれたな、虎丸、卯京、鳥介。一息ついたら状況を説明しよう」


「よろしくお願いします。いやあ、ぺんぺん草も生えないような場所かと思って来てみれば、ぺんぺん草が黒ずんで生えていたんで驚きましたよ。街の浄化作業も手が足りてないようですね。たちまち侵食されているようだ」


「本当に手が回らなくて困っているのだよ。昨日も第二部隊を状況調査に向かわせたのだが、半分手負いで帰ってきてしまう次第でな。あ、ちょっとそこの君、悪いが都から届いた手紙だ。手分けして配ってくれるか、すまんがよろしくな。いや、それにしてもよく来てくれた」


 郷長は通りがかった男に虎丸たちが持ってきてくれた手紙の束を渡した。


「あと、おぬしたちに頼みたいこともあってな。まあ、立ち話もなんだ、中でゆっくり話をしよう」


 三人を連れて役場の中を案内しながら部屋へと入っていった。



「橘小春さん。お手紙です。琴音ちゃんもご両親から」

 訓練の休憩中、男の先輩が手紙を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 楓達と手紙を書く約束をしたものの、手段がなくて書くのを半ば諦めていた小春は驚いた。今すぐに手紙を読みたい衝動をこらえ、懐に大事にしまう。


隣で琴音が自分宛の手紙をちらっと開くと、すぐに胸元にしまった。その顔は安心したような、嬉しそうな表情だった。


「琴ちゃんのご両親は怪我を負って、やむなく都へ行ったって聞いたけど」

「そう、命に別状はないんだけどね。激しく動ける状態じゃなかったから」



 休憩を終えて銀次たちの元へ戻ると、郷長と共に見覚えのない新しい男の先輩が三人並んでいた。


「これからおぬしらにも班行動をしてもらう。そのために銀次たちに加え、新しい先輩方にも協力してもらう事にした。六人班で浄化作業をしてもらうぞ。ほかにも、結界の補強なども一緒にやってもらおうと思う。今までと変わらずに、先輩の話をよく聞くようにな」


 郷長は手早く紹介をすますと、「後はよろしく」とだけ告げ立ち去ってしまった。

 

 新しい先輩たちに小春は少しだけ動揺していた。

 人を見た目で判断してしまうのは悪いことではあるが、見るからに三人とも訓練に厳しそうだからである。言霊について上達してきたもののまだまだ不安も多い。小春は心配そうな面持ちで、三人の顔を眺めた。


 虎丸班の見た目を説明すると、虎丸は名は体を表すという通り、がたいがよく鋭い眼光をしていた。眉間のしわが特に獲物を見定めているようで、恐縮してしまいそうだ。日に焼けた肌からも強さがにじみ出ている。


 卯京は比較的に話しかけやすそうな見た目をしている。安直な考えだが、眼鏡をかけているからか頭も良さそうにも見える。ただ、話しかけやすく物知りという共通点のある鶴彦と比べると、失礼な話だが、いささか軽薄そうな印象を受けた。


 最後に鳥介だが、一言でまとめるとよくわからない印象、である。表情の変化もなく無口だ。だからと言って陰気な雰囲気があるわけではなく、常に周りの状況を見極めていそうな冷静さがあった。



「明日から君たちにも任務についてもらうわけだが、君たちの実力を確認しておきたい。それに加え、最低限の攻撃や防御ができるか、また、その強化をして明日から各班の任務にあたろうと思う。まず、これからもっとも必要になる浄化をやってもらう」


 虎丸が次々と出す指示に従って、今まで訓練してきた技をこなしていった。


 不安に思っていた小春だったが、今思い返してみれば、言霊という言葉すら意識もせずに過ごしていた自分が、言葉の力で癒やしたり、ひるませたり、穢を浄化したり、様々なことができるようになっていることを実感しこっそり感動した。


 そして今回、指導に加わった三人の先輩は、銀次たちの先輩ということだけあって、ものを見る目が格段に良かった。


 一回の技を見ただけで、小春たちの弱点や直すべき点を把握したようだった。

 各々に注意点や助言を伝え、重点的に訓練する。やはり、はじめは指摘どおりできるまでに苦労はしたが、夕方にもなると自然と体に言葉が馴染み、上手く技を扱えるようになっていった。


「今日はここまでにしよう。明日、またここに集合。明日はついに任務という責任のある場に出ることになる。夜のうちに各自退治屋の装備を覚え、明日はそれを身に付けてくるように。そしてこれが、共通装備の防護布だ。以上、解散」


 虎丸の野太い号令で先輩方と分かれ、小春たちは防護布を受け取り、夕飯を食べに行くことにした。

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