第十九話 花火

 郷長は後ろ手に縛られていた縄を前に縛り直してもらい、役場の一階に設けた会議室へと連れてこられた。


 部屋に入るとたくさんの目が一斉にこちらを向く。上層部だけでなく隊長方も集まっていた。上層部の人間を囲うように壁際に立っている。


「思った以上の人数がいるな」


「実際に現場で隊を率いて動いているのは我々ですからな。本部でぬくんでいる方々に、全てを決められてしまっては困るというもの」


 壁際の体つきの大きい男が腕を組みながら、仁王立ちで鼻息を荒げた。


「もう少し口を謹んだらどうだ。脳みそまで筋肉な言葉遣いしかできないのか」

「なんだと、お前らは筋肉もなくてひょろっこいくせに、頭は硬いらしい」

「そこまでにしてください。会議が終わりません」


 隊長の男と管理部長の口論が始まるかと思ったが、書記長の女がそれを制した。一気に部屋に静けさが戻るなか、書記長はため息をついた。


「先程からこんな具合で、話が進まないのですよ」

 郷長はいつもの様子に苦笑いを浮かべた。


「もうこの際はっきり聞くが、郷長殿は今回の件に関して手を染められているのですか?」


「色々噂をされているようだが、わしは何もしておらんよ」

「ほらな! 郷長はこう言ってんだ。郷長は無実だぜ」


「たとえ本当に裏切り者だとしても、ここで素直にやったと自白する人はいないでしょう」


「まだ疑ってんのか?」


「疑うさ。考えても見ろ、こいつ、郷長の妻は猫又の妖怪だったんだぞ。これは一部の人間しかしらないことだが事実だ。それなら妖怪へ肩入れしてる部分も大きいんじゃないのか? 妻に私の先祖を救ってほしいなどと言われて、それを果たすために郷長になり、ずっと近くで機会を伺っていたのさ。妻が死んでからも、その願いを叶えるために!」


 郷長の事実を知らなかった者がざわつき始めた。


「そんなの作り話だろう! お前ら郷長様を引きずり降ろしたい魂胆が見え見えだぞ。証拠はあるのかよ」


「そうだぞ、何にでも嗅ぎ回って、怪しいのはそっちの方だ。郷長様も言い返してやってくださいよ」


 ふう、と一息ついた郷長は切ない目をした。


「本当によく作った話だな」

「ほらな! 証拠もないし、郷長様がこう言ってるんだ」


「人の話は最後まで聞かんか、ばかもの。わしの妻が猫又の妖怪だったことは事実だ」


 郷長の言葉にさきほどよりも部屋がざわついた。


「わしの時代じゃ、さほど驚くことでもなかったんだがな。半妖の者と結婚する奴も、わりかしいたもんだ。はあ。しかし、わしの妻はそんなことを願うやつではなかったよ。わし個人が犯人扱いされるのは良いが、妻を主犯のように扱われるのはわしとて不愉快じゃ」


 郷長のけん制するような力強い目に部屋中が黙る。誰も反論できないのか、気まずいのか少しの間沈黙が続く。


 沈黙を破ったのは総括だった。


「御神石が割れたあの日、郷長殿は近くにいたそうだが、それについては?」


「その通り、わしはあの時近くにいた。夕暮れ前のあの時間、最近あの周辺で嫌な気配を感じていてな。何者かが、石に手を出そうとしているのなら、止めねばならんと思っていた」


「それについては何かわかったのですか?」


「人間に近いが、人間ではない妖怪の仕業だと睨んでいる。それと、お主ら錦のことも疑っておるじゃろう。錦もこの気配に気づいておった。あの日、錦も石の近くにいたのはそのためだ」


「それこそ出任せなんじゃないですか。あなたと錦がグルだという声もある」


「まあ、そう言われても仕方あるまい。しかし、わしの妻も気にかけておった。

……小さい何かが御神石の近くで何かを企んでいる。あの子はきっともっと大きなものになる、とそう言っていた。

妻はもう昔の様な惨劇は繰り返してはいけないと、先祖を苦しめたくないと、だから桃香姫様を浄化して救ってくれたら嬉しい。そう言ったことはあったな。

その願いは郷を守りたいと思うわしの意志とも重なった。故に郷長となり、石を浄化し続け、何かを企てる奴を突き止めようとした。

だが、相手に先手を取られた。これはわしの失態だ」



 昔の様な悲劇。


 恨みや憎しみに包まれた猫姫の桃香は、瘴気を郷に撒き散らした。その瘴気は植物を腐らせた。


 緑豊かで花も豊富だったこの郷は、一面黒ずんだ風景に変わってしまった。

 瘴気は人々にも影響し、何十人もの人が亡くなった。郷は壊滅は免れたものの、復興には何十年という長い時間がかかった。


「では、やはり単に封印が解けたのではなく、何者かによって解かれたということですか」


「わしはそう睨んでおる」


 部屋の全員が考え込むように黙ると、正門の方から大砲でも撃ち込まれたような激しい物音と振動、人々の騒ぐ声が響いていた。


「何事だ?!」

「やはり妖怪が、郷長や孫娘を助けに来たんではないか!?」

「まだそんなことを言っているのですかっ」


「もしや、だいだらぼっちに攻撃を仕掛けとらんだろうな?!」

 郷長が荒々しい声を上げ、管理部長を睨めつけた。


「戦闘準備は取らせたが、指示はまだ出していない。動きがあったら報告しろと命じてあるだけだ」


 それだけ聞くと郷長は部屋を飛び出した。隊長達もそれに続いた。


 外に出ると正門前の中庭に土煙が上がっている。土煙の中には昼間にはなかった大岩が見える。

その周りでは慌てふためき、何人かが攻撃準備をはじめている。郷長はその隊の一人を、縛られたままの手で引っ掴んだ。


「この状況を説明しなさい」


「さ、郷長様。うちの班員の一人が、しびれを切らしちまいやして、威嚇花火を二本飛ばしましたら、小石でも投げるかのように何か投げてきたんですよ。したら、大岩が降ってきやして」


「当たり前だ、馬鹿もん。奴らにとっての小石は、わしらにとって大岩に決まっておる! 全員攻撃態勢を解けっ。その変わりに花火を真上に打ち上げろっ。早くしないと第二波がくるぞっ」


 郷長は大声で指示を出すと隊員に向き直った。


「お前たちの班はこの騒動が終わり次第、わしの所へ来なさい、いいね」

 班員は震える声でなんとか返事をすると、腰を抜かしてしまった。


「郷長様、備品には簡易花火が五つほどしかありませんが、どうしましょう」

「何を言っておる、収穫祭用の花火が蔵にしまってあるはずだろう」

「あっ、承知いたしました。失礼いたします」


「他に手の空いた者で一番隊は結界の張り直し、二番隊は妖怪が侵入していないか確認、三番隊は補佐にまわれ」


 次々と指示を出すその背中を上層部は黙ってみていた。


「いまこの中で、あの指示を出せたやつが他にいるか?」

 総括が他の皆に向けて呟いた。


 中庭には打ち上げ筒が用意され、蔵から運ばれてきた花火玉が装填された。

 次に大きな音が内臓を震わせたかと思えば、夜空に大きな火花が散った。それに続くように、花火は間をあけて打ち上げられた。


「でも、なぜ花火なの?」

 書記長が総括の方を向くが、総括は肩を上げておどけてみせる。


「さあな、俺にもわからん。だが、粋な発想で俺は好きだけどな。それに、郷長のその判断が間違っていることは少ない。やっぱり郷長は良くも悪くも、妖怪ってもんをよく知っているのさ」


 身構えていた、だいだらぼっちが警戒を解いたのが見てわかった。手に持っていた何かを下に戻すと、ただ夜空を見上げている。


 夜闇に浮かび上がる大きな影にふたつの目。その目は今この瞬間を楽しんでいるようだった。


「お、おじいちゃん、これは一体何が始まったの?」

 状況に戸惑った様子の小春が、二匹の猫を抱えて郷長に近づいてきた。


「おお、小春。大丈夫だったか」


「急に慌てた様子の人たちが蔵に飛び込んできて、邪魔だから出てろって追い出されちゃった。そしたら花火は上がってるし、でも皆楽しんでいる風ではなかったし。あれ、神社の近くにいるあの黒い大きな影はなに?」


「あれは、だいだらぼっちさ。心配で神社を見に来てくれたところに、うちのかわいい馬鹿者が威嚇花火を飛ばしちまってな。仕返しに大岩を投げつけられたんだが、誤発射ですよって誤魔化すために、花火を打ち上げさせているところさ」


「そんなことで誤魔化されてくれるの?」


「奴は元々こちらに敵意はなかったから、大丈夫だろう。それに、妖怪だって花火は好きなもんだ。見ていて楽しくなるだろう。ほれ、見てみろ、満足して踵を返して行きおった」


「本当だ。なんだろう不思議、影が闇に溶けていったみたい」

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