絶対姫神ライトニング ――ナイトキャリバーン外伝――

こたろうくん

それは在りし日の記憶

 惑星ドノーア。

 緑豊かな、生命溢れる貴重な地球型惑星であるが、得てしてそう言うものには脅威が魔手を伸ばすもの。


 千年帝国を謳う異星人の襲来にその星が屈しようとするその間際、天を割り轟いた落雷が彼らの戦艦をたちまちに直撃し爆炎に変えた。


 真紅に燃え上がる帝国戦艦の甲板に佇む影が一つ。

 荘厳なる白銀のドレスと鎧に着飾られた、炎に焦げず煤にも穢されない金色の長髪をなびかせた可憐なる少女。


 少女は後部甲板たるそこをヒール状の踵を鳴らしながら歩み出すと、空を埋め尽くさんと展開された帝国艦隊に対し桜色の口紅が差された唇を歪め、不敵な笑みを作り上げると告げた。


「降伏なさい。このプリンセス・ライトニングが降臨した以上、あなた方には寸毫の勝機も無い。無駄な労力使わせないで」


 淡々と、そして冷徹にもそう述べた後、頭部に掲げたティアラに頂く碧の宝石が光り輝く。

 彼女――プリンセス・ライトニングの背後で艦橋が爆発を起こしたが、押し寄せる爆風は彼女が纏う輝きの粒子が拒み高貴なるその姿を苛むことの一切を許さない。


 鋭い目付き、豊富なまつげの中に浮かぶ二つの碧眼が見据える前で敵艦隊は一斉に閃光を放った――砲撃である。


 やがて訪れるであろう轟音を待つまでもなく、ライトニングの口からは呆れた溜め息がほうと零れる。

 そしてやって来た砲撃の音の中で彼女は腰に提げていた剣の柄に手を掛けた。


 グリップに備え付けられた引き金、特徴的な形状をするそれは“ブレイザー”と呼ばれる伝統ある王家の宝剣である。

 本来は鍔も無い柄のみのそれであるが、ライトニングのそれは彼女が纏う“バトルドレス”の付随物たるサーベルに接続されている。


 豪奢ながら優雅さをも伴う装飾の護拳と、そして鞘から解き放たれた刀身にはしかし刃が無かった。何故ならば刃はこれから生み出すものだから――


「――プリンセス・オブ・ライト」


 刹那、否、刹那をもその瞬間に停滞する。


 極光・極限剣――あらゆるものがまるで止まったようになった世界でライトニングが独り言ちるように唱えた言葉に呼応し、刀身の片刃が光として噴出した。


 やがてそれは刀身そのものをも飲み込み、彼女の手には光そのものと言うべき一条が掌握されていた。


 同じく碧き輝きを放つティアラの宝石に照らされる、やはり時が止まったようになる艦隊をライトニングは落胆の眼差しで見遣り、そして光芒を掴んだ右手を振りかざした。


「私の、このプリンセス・ライトニングの意に背くというのなら――要らなくてよ」


 その瞬間、まるで天を穿たんと長大に変わった光芒の剣を彼女はなんということはない、ただ単に薙ぐ。

 そして停滞していた時が再び正常に進み出した時、迫る光弾の群れごと艦隊は片端から爆発を起こし轟沈して行くのであった。


 出来事は力を行使した彼女以外から見れば一瞬すらも悠長。

 壊滅した艦隊を眺めていたライトニングであったが、ふと何かに気付いてか空を見た。

 彼女の視線の先では何か巨大な物体が飛来し、墜ちて行く艦隊を行き破り先んじ大地へと墜落して巨大な土煙を上げた。


 ほぼ同時に、ライトニングが耳に付けていたイヤリングから声が発される。若いが、男の声だ。


「すまん、ライト。そっちに――」

「知ってる、相変わらず鈍臭いんだから」


 すまない――繰り返し謝罪する声に対し手厳しく当たるライトニングであったが、しかし彼女の表情にはほんの少し、微少も微少な、光の加減とか見る角度の問題とかと思ってしまうほどの微かすぎる微少を浮かべられていた。


 そして自らが足場としている、同じく墜落し行く戦艦の甲板から宙空へと身を投げたライトニング。

 落下しながら、慌ても焦る様子も微塵も無い彼女は告げる。突風は全て追従する光粒子が和らげている。


「おかげで手間が省けました――クレスト」


 通信を切り、そしてライトニングが呼んだのはしかし先の男性では無い。

 すると間髪を入れず空の彼方より白銀に輝くものが彼女目掛けて高速で飛翔し接近。ライトニングは風を身体で受け止め姿勢を整える。


「姫――ブレイバー・クレスト、此処に」

「遅い。呼ばれずとも現れよ」

「はっ!」


 巨大な頭部と比率を同じくする胴体。極めて低い頭身を持ったそれは機身騎士――ブレイバーと呼ばれる神秘の鎧である。

 西洋甲冑を思わせる超鋼の装甲で出来た機体は背部の推進器で空を駆け、でっかちな頭にある二つの大きな眼には瞳が浮かび面頬に大半を隠された表情に微かな感情を現していた。


 厳格な性格である事を思わせる口調の意思持つ鎧、クレストにだがライトニングの態度はやはりか辛辣だ。

 しかし彼は彼女のそれをまるで有り難がるかのようにしっかと受け止め、改善の意思を示す。


 やがて合流した二人。

 体勢を整えたライトニングは相対速度を合わせたクレストの背面へと踵を押し付け、その背に乗る。

 改めて加速を図るクレストと共に彼女が見据えるのは、窪んだ大地でその巨体を起こした驚異。


「千年帝国の最終兵器――デラジオン」

「関係無い、立ちはだかるなら蹴散らすのみ」

「……御意!」


 デラジオンという、クレストが言うように千年帝国が威信を懸けて建造した破壊兵器である。

 血のように赤い超鋼で造り上げられたそれの姿は直立する恐竜のようである。小さな前肢には艦砲が備え付けられ、対して巨大な後肢は広大な足裏と太く鋭い爪で大地を掴む。

 そして巨大な頭部に備わった大顎からは鋭利な牙が幾つも覗き咆哮は何処までも届いた。


 それはすぐに二人を捕捉し、二つの凶悪な眼が彼女らを睨む。

 そもそも、地表で観測されたロイヤルクラスの反応のために送り込まれたのだ、狙いは始めからプリンセス・ライトニング。


 だがそれを前に彼女はまるで臆せず、怖じ気すら一切として感じていない。寧ろあんなガラクタでどうにか出来ると思われたことを不快にすら思っていた。

 あんなモノしかないというのに、楯突かれたことにも怒りを覚える。


 だから徹底的に――破壊する。


「私の声に応えなさい、キャリバードラゴン!」


 碧の宝石が閃く。

 そこから放たれた一筋の閃光は天に昇り、そしてデラジオンの挙げる咆哮を掻き消す勇ましい咆哮を轟かせながら現れたのはやはり白銀に輝く超鋼の竜――キャリバードラゴン。


 降臨したキャリバードラゴンが口から放った円環が連なるような光線に向け、クレストの背にいたライトニングが跳躍する。

 光線はトラクタービームと呼ばれる牽引光線であり、それに包まれたライトニングは吸い込まれるように竜の口腔内へと姿を消す。


 ライトニングがそうして辿り着いたのはキャリバードラゴンの内部に展開される亜空間神殿。

 凪いだ湖の只中に佇む神殿の中で彼女は更なる意思を竜へと伝えた。


「キャリバードラゴン、オルトチェンジ。アーマーモード」


 その意を汲み取り、咆哮する竜はその姿を人型へと変える。

 白銀に真紅の右腕を備えた超鋼の鎧であるが、そこにはまだ人型に必要な頭部が欠けていた。すると――


「いざ参る――ブレイブ・バースト!!」


 そして残されたクレストもまたキャリバードラゴンを追うように上昇をし、その形を変える。それは巨大な頭部へと。

 装甲が寄り集まり、何処か柔和な面影もあった彼の顔は瞳を喪失し鋭さを増した両眼と、引き締まりチンガードと共に形状を変えた面頬により非常に厳めしい。


 そうしてキャリバードラゴンが変形した胴体と、クレストが変形した頭部が結合を果たし一つとなる。

 出来上がった完全なる人型は遂に動き出し、両の拳を打ち合わせた。


「完成――エクスペンドラゴン」


 相変わらず淡々としたライトニングの宣言が轟く。

 背面に備えた、ドラゴン形態時翼であった二つの巨大な推進器から碧い炎を噴出し浮揚し、そのまま残る竜の尾が飛翔時のバランスを整える役割を担う竜人型機身騎士だ。


 合体し巨大化を果たしたエクスペンドラゴンであるが、しかしいまだデラジオンの巨躯には遠く及ばない。

 飛翔してようやく対等の目線になるほどだ。


 だがそれでも、エクスペンドラゴンの眼を介し同じものを見るライトニングは動じない。

 一撃である。一撃で以て完全破壊を成し、愚か者に力を示す。彼女は思い、エクスキャリバー――それを召喚した。


 すると湖より浮かび上がってきたのは一振りの剣が刺さった岩で、それへと水面を歩み近寄ったライトニング。

 剣の柄を握り締め、彼女はそれを軽々と引き抜いてみせる。


 呼応するようにエクスペンドラゴンの尾が展開し、内部よりライトニングが引き抜いたものと同じ、機体に合わせて巨大となった剣が飛び出してやって来る。

 剣を掴み取り構える――これこそが伝説の聖剣。


 その隙にもデラジオンは艦砲や全身から展開したミサイルなどの火器を一斉にエクスペンドラゴンへと照準し、開いた大顎から放つ破壊光線と共に発射した。


 破壊の嵐は悠然と浮揚するエクスペンドラゴンを飲み込み、遙か彼方の宇宙からでも観測できるほどの大爆発をそこに生じさせた。

 大国一つを灰燼に帰す程の威力である。堪えられるものなど存在しないはずであった。


「プリンセス・オブ・ライト、極限剣――」


 エクスペンドラゴンを、プリンセス・ライトニングを除いて!

 爆炎を吹き飛ばし、より強力で眩いばかりの光芒を両手に握り締めた碧く輝く機身騎士が健在する姿を現す。

 そして響くのはライトニングの言葉……


「――ブレイブリー・ブレイク……エンド!」


 仰々しく振りかざされた光の剣が巨獣へと振り下ろされるとそれは易々と超鋼の筈のデラジオンの装甲を脳天から切断し、機体の中程までを切り裂いた後剣は光の奔流へと変じそれの巨体を一瞬にして光の粒子へと昇華してしまった。


 碧の宝石がもたらす力の極限値がもたらす、破壊ではない終焉の一つである。


 天へと昇って行く光を静かに見送りながら、エクスペンドラゴンは、プリンセス・ライトニングは戦争の終わりを予見した。

 千年帝国の最終兵器は討たれ、残るは宇宙に展開する本隊のみ。しかし宇宙には彼女が率いた“キボウ”の艦隊も居る。

 そしてそこにはもう一人の騎士が居る。彼女が知る限り、最強の騎士が。


 エクスペンドラゴンの額に輝く碧の宝石からライトニングが姿を現した。

 放り出された彼女を受け止めるべく、合体しているクレストの意思がエクスペンドラゴンを操り手を差し伸べる。ライトニングはその手のひらの上に着地を果たすと改めて己の目で空を見る。


「姫……いえ、女王よ」

「気が早い」

「まさか、キボウへと帰還を果たせば姫は正式に王位に就きましょう。このクレスト、この上ない光栄にございました」


 ライトニングが王位に就けば、機身騎士たるクレストは次代の王たる次なる姫のために封印されることとなる。

 その際にクレストとしての意識は消滅し、つまり今生の別れと相成るのだ。彼はその時の別れを今しているつもりらしい。


 それを聞き届けたライトニングは目を閉じ、少しだけうつむきがちになると口角を僅かに持ち上げながら言うのであった。


「ああ、大義であった。貴様と過ごした時間は存外、楽しかったよ、クレスト――」


 END。

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