第33話 因縁
「え、ボニャが来たのか?」
その夜にアインラハトの自宅に夕食を食べに来たバウルンは目を剥いた。アインラハトの背中に張り付いてベソベソ泣いていたミーニャを見て、何か事件が起きたのだと悟ったらしい。そんな大した話でもないと濁したところ、昼の出来事をカナリナが説明してしまった。その途端、彼の顔色が変わったというわけだ。
向かいに座っていたドーラが思い切り顔をしかめる。
「こちらに唾を飛ばさないでくださらない?」
「あ、悪い。それで小娘の機嫌が悪いのか。いや、でもボニャの野郎、相変わらず嫌な性格してやがる。どの面下げてわざわざこんなところまで来たんだ」
「普通にめっちゃ感じ悪かったよ、思わず渾身のスパナが唸るところだったからな」
「あら、貴女がスパナ振り回すほど?」
同じく夕食を食べに来ていた隣家のドーラはすでに食べ終えていて、今はお茶を啜っている。隣にいたカナリナとミルバはまだ食事中だ。
普段は言い争っている隣家の姉妹の年下組たちが今日に限って非常に大人しいと思っていたら昼の出来事で思うところがあったようだ。まあ、ミルバは変わらず無言でご飯を食べているのはいつもの光景だが。
「それで、どのような因縁がありますの」
静かな瞳には有無を言わせない迫力があった。積極的に話したいことではないが、黙っているわけにもいかなさそうだ。
「あー、まぁ兄弟子だってだけだ」
「兄弟子?」
「コイツ、魔道具師だからさ。ナルマランっていうじいさんとこに弟子入りしてたんだよ。その時に一緒に弟子入りしてたのがボニャだ」
「魔道具師? ナルマランってあのワイルドシリーズ作った人か?」
「カナリナ、口に食べ物が入ったまましゃべらないでくださいな」
「いや、だって、あのナルマランだぞ?!」
「あ、知ってる?」
アインラハトの師は魔道具師の中でも有名な腕利きだ。だが、誰かが知っているというのは嬉しいものだ。彼女は整備士でもあるので、職場で魔道具をいじることも多いのだろう。
「盾とか剣とかありとあらゆる防具についてて、そのうえペンダントとかアンクレットにも加工しやすくてさ。いや、いつも隊でめっちゃお世話になってる―――痛っ」
「たい? 痛い?」
「なんでもありませんわよ」
脛を押さえたカナリナは涙目になりながら、ドーラを睨み付けている。だが平気だと答えたのはドーラだ。カナリナの脛を蹴り飛ばしたのも彼女だろう。
突発的に始まるケンカは何が引き金になっているのかよくわからない。
「そんなに高名な方を師にもつだなんて、お兄様は立派なのですね」
「俺じゃなくて師が立派なの。そのワイルドシリーズを始め数々の名工を作り出したんだから」
ナルマランの作る魔道具はとにかく頑強を売りにしている。耐久性にも優れ、操作は簡易で扱いやすいものが多い。
それの代表作がワイルドシリーズという防御に特化した魔道具だ。
とにかくありとあらゆる攻撃を、跳ね返す。
魔法も物理攻撃も寄せ付けない鉄壁を誇る。
見た目は小さな石だ。基本的に魔道具というのは魔鉱石という石に魔力で回路を刻んで作る。
回路はシステムなので、難しい命令にすると回路も複雑になり扱う魔力も膨大になる。気力も根性もついでに魔力もごっそり削られるようなその繊細な作業を何十時間と行わなければならない。一度刻んだ回路は途中で止めることができないからだ。
ナルマランはその作業を一週間続けて寝食もほとんどせずに行うことができる。弟子はその作業の間、彼に水を飲ませたり食事をさせたり、作業の手伝いをしたり道具をそろえたりと補助をするが、かなりの人数がつきっきりで対応する。その対応する弟子たちが頻繁に交代するにも関わらず、師は顔色一つ変えずに作業に没頭しているのだ。
かなりの高齢だが殺しても死なないような老人なのだ。
そのため魔道具師はピンキリいるが、名のある魔道具師となると数はだいぶ絞られる。そんなに根を詰められる者が限られてくるのだから言わずとも察せられるだろう。
師は国の中でも五本に入る人物であり、アインラハトは純粋に尊敬していた。
「魔道具師だなんて、格好いいですわ」
ステラがにっこりと笑いかけてくるが、アインラハトは首を横に振る。
「昔の話だ。今はしがない道具屋だろ」
「お義兄ちゃんは何をやっても格好いいの!」
今までアインラハトの背中に張り付いて泣いていたミーニャが、声を張り上げた。
「自慢のお義兄ちゃんをバカにするなら、お義兄ちゃんでも許さないから」
「うん、ごめん。道具屋も大事な仕事だよな」
「とりあえず昔魔道具師だったお兄様が今は道具屋をしていることはわかりましたけど、そんな元兄弟子の方が大きな顔をできる理由がわかりませんわね」
「アイツは昔から高圧的で、ラハトを敵視してたんだよ。腕はまあ悪くないが、とにかく性格がねじくれてて…そんで今はミッケル侯爵家のお抱え魔道具師なんだ」
「ミッケル侯爵って、まさかあの北東の山脈を所有している?」
「そう、魔鉱石の有名な産地でもあり、豊富な薬草を有しているテッケフェンズ山脈の管理を任されているんだよ」
「それで俺の欲しい薬草を毎年頼み込んで売ってもらってたんだけど、なぜか今年は採れないって言いに来て…」
こうして途方に暮れているというのが現状だ。
そしてミーニャはひたすらに泣いている。
泣き虫な義妹に心配はかけたくないが、そろそろ一年が経ち薬の在庫が切れてきたのも確かだ。
魔力失調症を患っている患者で、アインラハトの薬を必要としている者はそれほど多くはないが、手持ちの在庫も一月あるかどうか。
薬が切れれば、どのような禁断症状が出るのか、想像もつかない。そもそも魔力の調子を整えられなくなるので、暴走させてしまうことは目に見えている。
ひとまず隣のミッドイに相談してみるかとため息をつくのだった。
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