第32話 兄弟子
ミーニャには秘密にしようとバウルンと話していた矢先だ。
アインラハトは天を仰いだ。
いや、実際は道具屋の低い天井だ。
剥き出しの木目が目に優しいなぁと現実逃避する。
いや、している場合ではなかった。
自分の横にいた可愛くて泣き虫な義妹が、今、怒りにうち震えているのだから。
さてどうやって穏便にやり過ごすかと思いながら、頭を働かせているというのに全てを台無しにする男。それがダウヒル=ボニャである。
とある長閑な昼下がり。
店番をしながらミーニャに3時のおやつのリクエストを聞いていれば、やってきたカナリナが先にリクエストをした。
そのことでミーニャの機嫌は下がっていたが、そこからさらに追い討ちをかけるようにやってきたのがダウヒルだ。
「相変わらず、辛気臭いお店ですねぇ。こんな街外れで商売しているんだから、才能があるんでしょうけど。私にはとてもとても難しいです」
真っ白な帽子に真っ白な上下のスーツ。上等な衣服に身を包んだ長身の男は、魔道具師でもあり、アインラハトにとっては兄弟子にあたる。
嫌味ったらしい口上に似合いの線の細い顔立ちは神経質で近寄りがたい。何より彼は仲間内でも嫌われ者だった。
本人はそういう些末な事は気にならないと豪語する勘違い野郎ではある。
「兄ちゃん、コイツ何。追い出していいなら、手加減しないけど。今ならスパナでも金槌でも選び放題だからさ」
店に遊びに来ていたカナリナの瞳が据わっている。いつも陽気な彼女が、実は好戦的なのだと初めて知った。
スパナで何するつもりだ。
撲殺とかだろうか。
ミーニャを宥めて、その上カナリナも抑えなければならないとは骨が折れる。
やはりさっさと出ていって貰わなければ。
「大丈夫だから、カナリナ。ダウ兄さん、何の用です」
「止めてくださいよ、破門になった貴方に兄と呼ばれたくはありません」
「すみません、ボニャさん。何の用事でしょうか」
「いつもの時期になったでしょう、貴方が頭を下げてまで頼んでくるアレですよ。それが採れなくなったと伝えておこうと思いまして」
「採れなくなった?」
「そうですよ。本来なら貴方が無駄足踏もうが関係ないのですが、まぁ旦那様はお優しいのでこうして私をわざわざ派遣したというわけですよ。いや、私も非常に忙しいのですがねぇ」
「どうして採れなくなったのですか」
「そんなもの私が知るわけないでしょう。とにかく用件は伝えましたからね」
言いながら、彼はくるりと踵を返した。
そのまま現れた時と同じようにさっさと店を出ていく。
「お義兄ちゃん…」
「ごめん、ミーニャに我慢させて。カナリナも巻き込んで済まない」
「いや、俺はいいんだけど。あいつなに、むっちゃくちゃ感じ悪いな」
「うーん、材料の仕入先の雇われ魔道具師なんだけどな。ちょっとまぁ色々ある相手なんだ」
「お義兄ちゃん、でもあの人採れなくなったって…」
「そう、それ。なんか大事なヤツなんだろ」
「まぁ…大事といえぱ大事だな…」
なんせ、魔力失調症を患っている人に渡している薬の原料になるものなのだから。
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