第30話 隣家の姉妹との攻防③

「あらあ、あの子たち失敗したのねぇ」


のんびりとした聞きなれた声がしたので、そちらの方に顔を向けると会釈しているステラが見えた。大門をくぐってすぐの街道の脇に立っている。

いつもの胸を強調した服装に、丈の短いスカートだ。未だに彼女の職業は謎だ。

隣家にいつもいるのかと思えば、日中ずっと出歩いていたりもする。


そして相変わらずあまり動かないで欲しい。

嫁に三日で逃げられて、幼い義妹を育ててきた勤勉実直な自分には、どうしたって目に毒だ。

理性が試されている。


アインラハトは必死で視線を上に向けた。


「こんにちは、ステラさん。こんなところで、どうしたんですか?」


今日は不思議と隣家の姉妹と会う。まさか待ち伏せされたのか、なんて平凡な自分が標的になる理由なんてどこにもない。

告白なんてもっての他だ。いいんだ、夢を見るのは自由だ。いやいや、自分にはミーニャがいる。あの子を立派に育てるまでは恋愛にうつつを抜かしている暇はない。


「貴方を待っていました」

「え、俺を?」


あれ、先ほどの夢が現実になったのか?


「お時間いただけるかしら?」

「あー、いや、ちょっと仕事のために材料を取りに来たんですよ。用件なら、今日の夜に聞きますから」

「今すぐがいいんですけど…」


ステラはアインラハトの腕を取ると、胸に押し付けた。柔らかな感触を腕いっぱいに感じる。

やばい、気持ちいい。なんでこんなふかふかしてるんだろう。


「あ、あの、ステラさん……っ、ちょっと近い、ですっ」

「貴方なら、もっと近づいてもいいんですよ?」


ここは街道の端といえども往来だ。なのに、一気に卑猥な雰囲気になるのは何故だろう。ステラの色気がありすぎるからだろうか。

ふふっと笑う吐息すら色っぽい。


「あの、犯人はレイバナヤですからね?!」

「はい? ラーナ、ですか?」


大きな瞳をパチパチと瞬きして、ステラがきょとんと見つめてきた。

レイバナヤは黙っていてくれと懇願していたが、カレンにばれた時点で無効だろう。


「昨日、ステラさんが大切にしまっていた焼き菓子を食べた犯人ですっ」

「えっ、あれ、ラーナが食べちゃったんですか?!」


途端に、先ほどまでの妖しい雰囲気は霧散して、代わりにオドロオドロしい黒い影のようなものが彼女を取り巻いた。


「あの子、昨日は知らないなんて平然と…私に嘘をついたの……?」

「まぁ、姉妹に食べられることはよくありますよね。うちもミーニャがすぐに取っていくんですよ。俺が楽しみにしていた果物も夕飯のおかずも。上はまぁ我慢するしかありませんよね」

「嘘をついて逃げるのはよくありません!」

「そうですが…。ええと、なるべく穏便に済ませてあげてくださいね?」

「無理です!!」


レイバナヤが必死で黙っていてくれと頼んできた理由も、カレンが遠い目をしていた理由も分かってしまった。

逆鱗とはまさにこのことをいうのだ。

それだけ食べ物の恨みは恐ろしいということか。


彼女を取り巻く空気が揺らいでいる。まるで今にも頭から火を吹きそうなほど怒り狂っている。


レイバナヤは一体どれほど高級なお菓子を食べてしまったんだ?早く買ってきて差し出さないと大変なことになるのではないだろうか。


「ステラさん、すいません。俺、仕事なので行きますね……?」


そっと声をかけて、この場にいないレイバナヤに向かって心の中で手を合わせた。

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