第29話 隣家の姉妹との攻防②
「ゴブリンが目撃されたらしいぞ」
「ああ、だから勇者たちが偵察に向かったらしいな」
「勇者って新しい方か? 新しい方の勇者パーティは滅茶苦茶に腕が立つらしいぞ」
「被害が少ないと良いが……」
王都の大門に近づけば、ちらほらと噂話が聞こえてきた。
どうやら、今回のミーニャたちの仕事は街道でのゴブリンたちの規模を把握するための偵察らしい。
義妹は非戦闘員なので、邪魔にならない場所にいるだろうが、心配は募る。なぜならゴブリンは単体なら弱いモンスターだが、束になると厄介な相手になるからだ。
戦闘の助けになるようなものを持っていただろうかと、考えているとぽんと肩を叩かれた。
「こんなところで奇遇だな。どこかへ行くのか?」
振り替えれば、騎士姿のカレンが立っていた。きちんと帯剣しているところを見ると、仕事中なのだろう。
だが、隣には薬師の格好をしたレイバナヤもいて、にこやかに片手を挙げた。
「や、お兄さん。昨日はどうもっす」
「折角怒られないように黙っていてやったのに、こんな時間からカレンさんと一緒にいるってことはばれたのか?」
「へっ? いや、ばれてないっすよ? ばれてなかったんすけどねぇ……」
「ん、なんだ。報告案件か」
「い、いいえ……! 大丈夫ですから放っておいてくださいっす」
顔色を悪くしたレイバナヤが必死で両手を振っている。
だが、カレンにじいっと見つめられるとがっくりと肩を落とした。
「昨日、ステラ姉さんが楽しみにしていたお菓子を食べちゃったのはウチなんですぅぅっ」
「ああ、あれか。確かに怒っていたなぁ……」
カレンがどこか遠い目をしてぽつりとつぶやく。その様子から尋常でない怒りを感じた。焼き菓子一つで随分と狭量だが、それだけ楽しみにしていたということか。
「ああ、だから昨日君の家の夕食にデザートがついていたのか」
「ええ。少しでもステラさんが和むようにって配慮だったんです。すまん、まだ隠していたのか」
「そうっすよ。ひどいっす、お兄さん! あんなに黙っていてほしいって頼んだのにっ」
「いや、二人でいるからてっきりばれてステラさんのところに連れ戻される途中なのかと。じゃあ二人でどうしたんだ? カレンさんは仕事中だろうに」
「あ、ああ。ちょっと別件で。ナーヤの力を借りていたんだ」
「ああ、この幻惑香ですか?」
周囲に漂っている甘い香りを指摘すれば、二人は驚いたようにアインラハトの顔を凝視した。
「匂いで香草の種類が分かるのか?」
「そんなに強く香ってないはずっすよ?」
「仕事柄扱うってのもあるけど、ミーニャが香りにうるさいんだよ。だから俺も神経質になって。しかし仕事が終わってもこれだけ香るだなんて、どんなけ焚いたんだ?」
「あはは、いやーまぁ。そこは守秘義務ってやつで……」
「仕方ない、こうなったら力業でいくしかないな」
レイバナヤが頭を掻いた横でカレンが言うないなや手刀を繰り出した。正確にアインラハトの首を狙ってくるものだから、うっかりぱしりと掴んでしまう。
「こら、ナーヤ。さっさと匂いを消せ。消臭香持ってるだろ。カレンさんがおかしなことになってるぞ」
「ぐぬぬぬ……」
「いやぁー、おかしくはないんですけど……ええと、お兄さんはわりと力が強いんすかね?」
「お前も幻惑香に惑わされてるのか?俺はしがない道具屋だぞ。力は平凡に決まってるだろうが。そんな一般人相手に突然騎士が手刀繰り出すとか聞いたことないから。全く仕事の後始末くらいきちんとしろ。大体、いつも食べ残してばかりいるから、きちんと仕事も片付けられないんだぞ 」
「へ? 今はそれ関係なくないっすか?!」
「自分で食べものをきちんと片付けられないやつが、仕事もきちんとできるだなんて信じられるか。現にこうして姉さんに迷惑かけてるだろう。次の晩ご飯はきっちりと残さず食べるんだぞ」
「横暴っす!」
レイバナヤがぷんすか怒っているが構うものか。これが教育というものだ。
叱る時にはきっちり叱っておかないと、いつまでたっても反省しないのだから。
ふとカレンの腕の力が緩んだので、自分も手を離した。
彼女の顔を見れば、戸惑ったような表情を浮かべていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、いや。もう落ち着いた。すまなかったな」
「よかった、カレンさんが気づいてくれて。じゃあ、俺は用事があるから行くけど、しっかり消臭香焚いてカレンさんを正気に戻しておけよ」
ひらひらと手を振って、アインラハトは呆然と立ち尽くす二人を置いて、大門をくぐるのだった。
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