第24話 奇妙な日常

「あ、コンバンワ!」


呼び鈴が鳴ったので玄関に顔を出せば、肩から猪を背負った背の低い少女が立っていた。鳶色の髪に、琥珀の瞳は猫のように縦長だ。満面の笑顔を浮かべているが、アインラハトは思わず扉を閉める。


「こんばんは。では、さようなら」


だが、閉じようとした扉は瞬時にガツンと何かにぶつかって止まった。

彼女の小さな足が、さっと隙間に差し込まれたからだ。


「どうして閉めようとするんすか!?」

「悪徳勧誘業者の遣り口だからだよ!」

「こうして手土産もあるんすよ~、入れてくださいぃぃぃ」

「いやだね」


ギギギと扉を挟んで、二人で押し問答していると、真後ろからのんびりと声がかかった。振り向かなくても桃色の髪の少女だとわかる。

先ほどまで一緒に夕食を食べていた相手だ。


「なんだ、ナーヤったら。また遊んでいるのぉ?」

「なんでドーラが中に? ドーラがいいなら、ウチだっていいっすよね?!」

「人徳の差だ」

「なんでっすかぁぁ?!!」


レイバナヤの絶叫がこだました。

遊びはこれくらいで十分だろう。



#####



「いただきます~」

「はいはい、たんと食べろ」


ハウゼン家のテーブルは4人ほどしか座れない。

以前はバウルンをいれての三人が最高で、基本はミーニャと二人でしか食卓を囲まないからだ。


それが、なぜか隣家が建てられてから、隣人が夕食をたかりにやってくる。


隣家の夕食は当番制のようで、カレンは野戦料理が得意だが基本塩の味しかしないらしい。肉の丸焼きとか豪快な料理しかできない。レイバナヤは薬師らしくいろんな調味料を駆使するが、本人の性格のせいかよくわからない大味の料理ができるらしい。なぜたくさんの調味料を駆使して大味になるのかは謎だが。ミルバは料理をするたびに台所が吹っ飛んで、カナリナは自前の料理器具を使って怪しげな料理を作るらしい。両者とも見た目が普通の料理に見えるのが恐ろしくて、手をつけるのが怖いのだという。一番料理ができそうなのがステラだが、彼女の料理は独創的で抽象的で異空間なので、一番料理をさせてはいけない人間になっている。


つまりまともな料理を作れるのが、末っ子のドーラだけなのだ。

彼女は教会にも属しているので、いろいろと家事が得意だ。だが、一人だけに負担がかかるのはよくないと話し合った末の夕食当番制らしい。

おかげで、ドーラが食事を作る日以外は、ハウゼン家の夕食が襲撃に遭う。


なんのための当番制だ。

アインラハト一人に負担がかかっているのはいいのか。

言いたいことは多々あれど、結局はせっせと夕食を作ってしまうのが現状だ。

なぜなら、彼女たちはステラを除いて、年下なのだ。

とくにドーラとミルバは双子で、ミーニャと同じ年だ。

義妹を溺愛しているアインラハトが、お腹を空かせた少女たちの飯を作るのは当然だ。

ちなみにカレンは自分と同じ年だ。

だからといって年齢で差別しようものなら、約一名が大変恐ろしいことになると妹たちから忠告された。結果的にせっせと夕食を作っている。


彼女たちはハウゼン家の食卓が小さいことも知っているので、時間差でやってくるところも狡猾だ。

今はレイバナヤがおいしそうにごはんを頬張っている。

その横で食べ終えたドーラが優雅にお茶を飲んでいた。


向かいの席に座ったアインラハトはやれやれとため息をつく。


「ミーニャ、そろそろ背中から降りてくれてもいいんだけど?」

「…………やだ」


不機嫌なミーニャは彼女たちがやってくるたびに、自分の背中にくっついて離れようとしない。ずっとおんぶしている形だ。


隣家ができてから、なんとも奇妙な日常が訪れていた。




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