第8話 手作りの髪飾り

「お義兄ちゃぁぁん!」


家の扉を開けるなり、泣きながら義妹が飛び込んできた。

その恰好が、ひたすらに黄色い。フリルがたくさんついた幾重にもスカートを重ねた豪奢なドレス姿だ。

赤い髪は複雑に結い上げられて、大振りの髪飾りが揺れている。

見違えるような姿に、だが少女は少しも頓着しない。義兄に突撃した。


「な、なんだ?」

「ミーニャ?! どうしたんだっ」


昼食を食べてくつろいでいたバウルンが居間のカウチから飛び上がった。

抱き着いてきた義妹の体をしっかりと抱きしめて、涙でぐしゃぐしゃの顔を覗き込む。

可愛い顔がますます可愛くなっている。

怒っていても泣いていてももちろん笑っていても、彼女は可愛い。


「うっ、ぐっす…これっ…うっう」


泣きながら握りしめていた手をそっと開く。

中からは今朝ミーニャに作ってあげた黄柱石の髪飾りがでてきた。

魔道具だとばれて意図的に壊されたか。強度は高いはずだが、一国の権力者がいる場所ならばそれなりに破壊する術もあるだろう。何より自分で作ったものだ、壊すためにどれほどの力が必要かはよくわかる。


疑われるような迂闊なことをしてしまったとアインラハトは後悔した。


「ミーニャに怪我はないか」

「だ、大丈…夫だよ…でも…っうう」


バウルンがミーニャから受け取って、しげしげと眺めた。


「うわあ、ばっきばきだな」

「バウルン、黙ってろ! 壊れちゃったのかな…きっと脆い材料を使ってたんだな」

「いや、これは明らかに踏んだとか握りつぶしたとかいうレベルじゃないぞ。ハンマーで叩き壊したか、何か重いもので押し潰したかのどちらかだろう。しかも黄柱石だろ…すごい力がいるんだが?」


バウルンの言葉にミーニャはアインラハトの肩に顔を埋めて泣き続けている。しっかりと首に廻った腕はがっちりとして決して離れまいとしている。

ミーニャが何をされたのかは分からないが、悲しくなるような出来事はあったのだ。やはり腕が失くなっても盗聴しておくべきだった。いや、ついていくべきだったのだ。


「余計なこと言うなよ……新しいの作ってやるから、泣き止んで、ミーニャ」

「やっ、こ、これっが…っひく、いいのっ。だっ…て、お義兄、ちゃっんが、くれた、んだもん!」


イヤイヤと首を横に振る義妹の背中を優しく撫でながら天井を見上げる。


「うーん、直せる方法があったかな……あ、そうだ!ミーニャ、これを直しておくから顔を洗っておいで。せっかく綺麗なのに、きちんと見せてくれよ」

「やだ、お義兄ちゃんと一緒に行くの!」

「それだとこれが直せないだろ。ほら、お願いだから行っておいで」

「やだやだやだーっ」


しがみつく義妹を床におろして、暫く押し問答が続く。


「よし、俺が連れていってやろう!」


むんずとミーニャの襟首を掴んだバウルンが、猫を運ぶように部屋を出ていく。


「やだ人攫い! なんでバウルンがここにいるのっ?! お義兄ちゃん、助けてぇぇっ」

「今頃気づいたか。どんだけ眼中にないんだよ。だが諦めてさっさと来い、小娘っ!」


快活に笑うバウルンの声に義妹の悲鳴が重なった。

髪飾りを直すためには必要な犠牲だ。

アインラハトは涙を飲んで、心を鬼にして見送った。

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