閑話 今代勇者という少女(カーティ視点)

カテバル=ポトリングは勇者大会の警備のために始まりから終わりまで見ていた。

国の第一騎士団団長なんて職業についていれば、国王などの王族の警護が一番大きな仕事になる。勇者大会は国主体だからこそ、王の傍らで眺めることになった。


真っ白な石舞台は、今年新調したのでまだ綺麗なままぴかぴかと陽光を優しくはじき返していた。

ここで第十八人目の勇者が決まるのかと思うと感慨深い。

前回は成人したてで、自分はまだ騎士見習いだった。その前は小さくて父に抱えられながら見つめていた。

毎年、熱いと称するほどの戦いが繰り広げられる。

男たちが十年かけて肉体を磨いて、鍛え上げた技を披露しぶつけ合うのだから、熱くなるなというほうが無理だ。


だが、その少女が立った瞬間に空気が変わった。

赤毛の長い髪を左右に器用に編み上げている少女は可憐という言葉が似あうほどの美しい容姿をしていた。水色の瞳はどこまで澄んで相手を見つめている。

だが決して歓迎したわけではない。

会場中がため息をついたというか、あっさりと結末が見えて意気消沈したのだ。

その試合は午前中の第一試合の中でも終わりのほうだった。よく予選を通ったなと感心するほどだ。

もちろん勇者大会は各地で予選が繰り広げられ、それを勝ち上がってきた三十組が戦うのだ。

一試合十五分の中で、いかに効果的な技を相手に繰り出せるかが勝負のカギとなる。少女は王都の地方予選会の出場者の証の青いバッジをしていた。

予選を通過しただけでも大したものだ。

しかも相手は優勝候補の鎖使いであるダウタロスだ。テッツ流鎖術の戦士で、王都でも名の知れた冒険者の一人でもある。単純だが気のいい男で、見た目は厳めしいが愛嬌もある。

だが試合には誰が相手だろうと手を抜かないことで有名だ。手加減ができないバカなのである。

親子以上に身長差のある両者が対峙するのを見つめて思わず口を開く。


「棄権を勧めますか?」

「うーん、一応殺しは禁止だが半殺しは許可しておるし…自己責任で文句は言わないように誓約書ももらっているが…」


二児の父たる国王は自分の息子たちよりも小さな少女を見つめて、思案顔だ。

その横で王子たちも顔色を悪くしている。

力のあるものを集めるための大会であり、殺戮を楽しむための趣旨はないのだ。


だが思案している間に試合開始の合図があり、局面は動いた。

懸念が馬鹿馬鹿しくなるくらいに、あっさりと。


ダウタロスが何かを言った瞬間、彼の目の前の石舞台が真っ二つに砕けたのだ。めり込んだ拳から数百の亀裂が走り、下の地面が顔を覗かせている。

何が起きたのかわからなかった。

誰もわからなかったに違いない。

どさりとダウタロスが尻もちをついた。そこは石が割れてむき出しの地面が見えていた場所だった。ちょうど亀裂に落ちた形だ。

審判が困惑げに声をだした。


「場外です…、勝者はミーニャ=ハウゼン…っ」


相手を舞台から落とすか戦意を喪失させれば勝ちだ。彼女は両方をあっさりとやってのけたことになる。


####


あの勇者大会の第一回戦のミーニャを思い出しながら、カテバルは瞬きを繰り返した。


横には、顔面蒼白になって震えている聖女が見える。何が起こったのかはわからなかったに違いない。だが、通り過ぎた暴風のような風が、隣にいた筈の者が忽然と消えた現象が、彼女を震わせているのだろう。

真っ白い衣装に包まれた彼女はまさに聖女という姿だが、顔面が服より白い。


自分は一度見ているから耐性がある。なんの耐性だろうかと思わなくもないが、少なくとも震えるほどではないし、誰がやったのかも明確だ。あの時と同じく少しも見えなかったが、真っ赤な髪の少女が無表情で自分の目の前に立っていることからも確かだろう。


自分と聖女の間に、魔法士は立っていた。

一番の最年少が真ん中に立つことに、彼なりの自尊心があったのかもしれない。

天才と呼ばれていた少年だ。同じく城に出入りしているので姿も見たことがある。最年少で魔法士の称号を得た、天才児で魔道王の再来と騒がれている。魔法士長の秘蔵っ子でもある。

魔法士という職業に誇りを持っていた。魔法が一番偉いと態度に隠そうともしない。えてして魔法士はその傾向があるが。一瞬にして敵を排除できる技術に心酔している。

そんな彼は自分と同年代の少女の補佐に回ることに納得ができなかったのだろう。確かに始終不機嫌そうな顔をしていた。

実際、その不満を国王にぶつけた。カテバルだって第一騎士団団長の位を剥奪された身だ。まったく悔恨がないわけでもない。

だが、この場では控えるくらいの分別はある。

けれど、幼い少年は耐えられなかったのだろう。不満を国王にぶつけた。滔々と少女を貶め、自分の優位を語る。上司である魔法士長が止めてもその口を閉ざすことはなかった。


―――そして、すっかり場は静まり返っている。


謁見室の真後ろの扉もあっさりと壊してその長い廊下の突き当りまで吹っ飛んだだろう魔法士の少年を思いつつ、聖女に向かって口を開く。


「あんたって、確か死人でも生き返らせるって言われてるんだっけ?」

「え、え? あ、はい、…いえ、言われていますが、やったことはないんで、すけど、え?」

「吹っ飛ばされた奴、たぶん生きてるとは思うけど、怪我はしてるから、聖魔法使ってやってくれないかな」

「え、ええ? はい、わかりました!」


聖華教の華のシンボルが入った杖を握りしめて、聖女は大きく頷いた。


「で、どこに行けばいいんですかね?」

「たぶん、外の廊下の突き当り…だといいな」

「わかりました!」


不確かな情報ににこりと微笑んで走っていく聖女はきっと絶対いい子だ。

目の前にいる暴れん坊とは真反対だろう。


「で、今代の勇者さまはなんでこんなことを?」

「…………」


聞かなくても侮辱されたからだろうとは見当がつくが、一応仲間でもあるので理由を聞いておきたかった。

だが赤い髪の少女は、手のひらに握った髪飾りを眺めて、険しい顔をしている。今、彼女の頭には大ぶりの宝石をあしらった髪飾りが揺れている。それとは明らかに見劣りする髪飾りは本来、彼女が身に付けていたものだろう。ここに来て見劣りする格好は着替えさせられたのだ。

髪飾りの黄色い石は割れているように見えた。魔法士の少年を殴った拍子に、握っていた髪飾りを潰してしまったのだと察しがついた。なぜ自前の髪飾りを手のひらに握りこんでいたのか。ドレスにはポケットがないからだと思うが、わざわざ持ってこずに控室においておけば今も無事だったに違いない。


「おい、返事くらいはしていいんじゃないのか?」

「……える」

「なんだって?」

「もう用は済んだから、帰る」

「は、帰る? 待て、陛下の御前を勝手に去ることはできないから」


ダメだ、この少女とは会話が成立しない。そもそも本人に会話をする気がない。確かに国王に勇者として懸命に国民に尽くすように言われてもはいと一言しか言わなかった。それも至極どうでもよさそうに。


なんだって勇者大会に参加したのだろうか。


「よい。こちらも人選が悪かった。臣下が無礼を働いたようだ」

「陛下…、いやしかしですね」


とりなそうとしたが、結局カテバルは言葉を飲み込んだ。言葉の途中で、少女の姿は一瞬で見えなくなったからだ。


「はぁ、こりゃあ先が思いやられるな」


子守りをするために前任の職を辞したわけではないのだが。

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