第21話 隣人の挨拶

「あら、こちら道具屋、さんですか?」


おっとりと声をかけられて、店の棚の掃除をしていたアインラハトは振り返った。

そして息を呑む。


物凄いナイスバディの美女が立っていた。

丈の短いぴたりと体に沿う革の黒のワンピースだ。丸腰だが、明らかに夜の店に出ているような怪しげな雰囲気が漂う。

金色の長い髪はゆるくカーブしていて、胸元まである。紫色の瞳は妖しく光りを帯びていて思わず見惚れるほどだ。


「え、あ、はい…お客さん、でいいのかな?」

「あ、お忙しい時にすみません。隣に越してきました、モービスと言います。ちょっとご挨拶に伺ったんですけれど」

「モービスさん?」

「ステラ=モービスです。どうぞよろしくお願いしますね」


軽く会釈するだけで、胸がふるんと揺れる。

まずい、動かないでほしい。

理性が、かなり危ない。


「あ、はい。俺はアインラハト=ハウゼンと言います。まあ、見ての通り道具屋を経営してます。何かご入用の際にはお声かけください」

「ふふ、はい。ありがとうございます」

「ステラさんは一人で、隣に越してきたんですか?」

「あ、いえ。妹たちと。ですので、少しうるさくしてしまうかもしれないんですけれど。迷惑だったらおっしゃってくださいね」

「あー、うちもうるさいのが一人いるんで。お互いさまですかね…」


できるだけ彼女の瞳から視線を動かさないように、苦笑すれば彼女は少し目を瞠った。


「小さなお子さんがいっらしゃるんですか?」

「小さい子というか、義妹が一人いるんですけど。あんまり落ち着きがないので」

「まあ。今はどちらに?」

「寝てますね、朝ごはん食べたら眠たくなったらしくて」

「起きたもん」


いつの間にか、母屋とつながる扉から顔を覗かせていたミーニャが不機嫌丸出しで答える。寝起きがわかる寝癖だらけの頭で睨まれても全く怖くない。むしろ、間抜けに見える。


「ミーニャ、隣の人が挨拶にきてくれたんだ。こっちおいで」

「やだ」

「なんで?」

「やだから」


そのいやだという理由を聞いているのだが。

こうなると彼女はてこでも動かなくなる。寝癖を見られるのが恥ずかしいからだろうか。残念ながらばっちり見えているが。

もともと人見知りする性質だ。

年上の女性に警戒しても仕方ないだろうに、ずっと探るような視線を向けている。


「すみません、ステラさん。あれが義妹のミーニャです」

「ふふっ、可愛いらしい妹さんですね。うちの子たちもそのうち挨拶にくると思いますのでよろしくお願いしますね」


ふんわりと笑うステラが話す妹の人数が明らかにおかしいと知るのは翌日のことだった。

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