第18話 義妹の好き嫌い
「あ、危ない!」
男女の前にすかさず立ちはだかってしまった。昔、冒険者をしていたから自然に体が動いたのだ。だが、昔と違って対抗手段がない。
リザードマンの鋭い爪が目前に迫ったところで、思わず目を閉じてしまった。
だが、思った衝撃はいつまでたっても訪れない。
「お義兄ちゃん、手を洗ったよ」
ミーニャがのほほんと声をあげた。
目を開けると先程まで広がっていた湖沼地帯が変わらずに横たわっている。
カテバルと少年魔法士の姿は見えない。
ついでにリザードマンも、だ。
「あ、あれ?」
振り替えれば、男女が揃って絶句している。
「何してるの? 早くご飯食べようよー。ミーニャ、お腹空いちゃった」
「え、あ、ああ。なんか見間違えたかな? 突然叫んだりしてすみません……」
白昼夢などを見たのだろうか。気恥しく思いつつ男女に謝れば揃って首を横に振った。無言で、高速に。
その横で洗浄石で手と顔の泥を落としたミーニャはすっきりした顔でしゃがみこんだ。
服までは洗浄できないので、体は泥だらけのままだが。
「やったあ、お肉が入ってる。ちゃんと甘辛にしてくれた?」
「やってる、やってる。あ、レタスは一緒に食べるんだからな」
「レタスは食べられるよ! サラダのは食べられないけど…」
お弁当が入っているバスケットを漁って、座り込んだ義妹はそのまま蓋を開けて食べ始めた。
よほどお腹が減っていたのだろう、素早いことこの上ない。
「同じレタスじゃないか。サラダのレタスだっておいしいだろ」
「全然違うよ。もうお義兄ちゃんなんかキライ……」
「はいはい、悪かったよ。ちゃんとよく噛んで食べろ、慌てなくてもなくならないから」
呆れつつ、泥だらけの赤髪を眺める。
「あーあ、髪の毛まで泥だらけ…洗って落ちるのかな」
「聖魔法ならキレイにできるんだって!」
「え、そんな日常生活に偉大な聖魔法使ってくれないだろう。魔力の無駄じゃないか」
「ええ、じゃあずっとこのままなの?」
食べながら半べそかいた義妹を、慌てて宥める。
「あー、力が余ってたらやってくれるかも? ダメでも俺が綺麗にするから、心配するな!」
「うん、ありがとう。えへへ、お義兄ちゃん、大好き!」
ミーニャの好き嫌いの感情は簡単に揺れ動く。
「なるほど、兄貴の前じゃあ大人しい、と」
「しっ、ミッドイ! 余計な口を聞けば私たちも同じ運命を辿ることになるよ?!」
サンドイッチを頬張る義妹を眺めていたアインラハトには、傍にいた男女のこそこそ話は全く聞こえていないのだった。
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