奇妙な病

砂上楼閣

第1話

20××年。


世界中に奇病が蔓延した。


どこの国が発生源かは分からない。


全世界でほぼ同じタイミングで発症者が確認された。


世界各国で同時多発的に奇病が発症し、瞬く間に人類を蝕んでいったのだ。


テロが疑われたが、当時の混乱は凄まじく結局は迷宮入りしてしまった。


未だに答えは出ていない。


病が元で多くの争いが起こった。


奇病に対する特効薬はできたが、進行を遅らせることしかできなかった。


感染力が強く、症状も個人差が大きかったが、致死性はほとんどなかったのが不幸中の幸いだった。


程度の差はあれ、外見に大きく症状が出るため、発見は容易だった。


そのせいで差別や迫害が起こりかけた。


けれど奇病による混乱が収まる頃には、ほとんどの人類が多かれ少なかれ感染していたので、排他的な空気はひどくなることはなかった。


感染力は圧倒的で、1年とかからずに世界中に奇病が蔓延しきってしまったのだ。



その結果…



世界から争いは減っていった。


◇◇◇


奇病は代を重ねるごとに重症化していくことが分かったが、予防接種を受ける事で症状は軽く抑えることができた。


病による直接的な死亡者はほとんどいない。


むしろ副次的な効果で肉体的には有用であるという研究結果まで出た。


中には自ら進んで病を進行させるような者もいたくらいだ。


奇病は危険なモノではない。


その認識が共有されていった。


そして…




奇病が認知されてから数年後。


「今日は少し湿度が高いですね」


「ああ、午後から降りますね、これは」


道端で交わされる、のどかな会話。


そこに奇病による暗い感情は見えない。


「こら、授業中居眠りするなー。寝るなら昼にちゃんと寝とけよー」


「はーい…」


若者ほど早々と順応し、大人たちも段々と慣れていった。


奇病による仲間意識か、多くの場面でのストレスが減っていった。


「ちょっと昼間から?匂いだけで酔いそうだからやめて。子供には近づけないでよ?」


「これの良さは子供にはなぁ。ま、少し前まで俺も全く分からなかったんだけどな」


若干だが家庭の在り方は変わったかもしれない。


奇病が流行り始めた当初の鬱屈とした不安がなくなり、開放的になった。


「子供たちは変わりませんねぇ」


「ええ。ボール遊びする姿も、追いかけっこ、かくれんぼする姿も、ほとんど変わらないわ」


穏やかに子供たちを見守る大人たち。


小さな子供たちはもう奇病が流行る以前を知らない子も多くなった。


もっとも、昔から子供は変わらない。


元気で、可愛らしい。


「この病のおかげで、世界は平和になった」


それは某国の大統領が言った言葉だ。


◇◇◇


「あんたあいつのこと好きなんでしょ?さっさと告ったら?」


「べ、別に好きじゃないし!」


「あんたら本当にわかりやす過ぎ!どっちも素直じゃないんだから。傍目には丸わかりだっての」


「態度っていうか体が正直すぎるのよね。もう少し反応を隠す努力したら?」


「し、しょうがないじゃない!勝手に動くんだもん!」


そう言って少女は頭とお尻を押さえた。


そこには犬科のものと思われる耳と尻尾があった。


◇◇◇


体に獣の特徴が現れる奇病。


当初は身体的特徴の変化による差別があったが、人類が皆同じように変化すれば差別も何もなかった。


なぜか現れたのは猫科の特徴だったが、その謎は未だに解けていない。


大規模な争いが起こる事はなかった。


症状は外見の変化だけでなく、精神にも現れていたからだ。


人類全体が穏やかな性質に変化したのだ。


人同士の衝突が減り、ストレスは緩和されていった。


五感が敏感になり、なぜか体質的にタバコや違法な薬物などを受け付けなくなった。


代用品としてマタタビや猫の好きな玩具が人用に広まった。


体を動かす機会が増え、自然と集団を作るようになり、仲間意識が強くなっていった。


もちろん多少の争いはあったが、互いに競い合うような健全なもので、傷つけ合うような争いにはほとんど発展しなくなった。


◇◇◇


彼女たちの頭には可愛らしい猫耳が生えていた。


そして興味津々といったようにピクピクと震えている。


「ねぇ、尻尾振っちゃうのってどんな感じなの?私らまだ耳くらいしか症状出てないから分かんないんだよね」


「予防注射しっかり受けてたもんねー。でも成人するまでにはみんな尻尾生えちゃうんだよね」


「ね。大人じゃん!」


「もう!」


話題の中心にいたのは彼女たちの同級生の少女。


猫耳だけでなく、ふさふさとした尻尾が生えており、スカートも専用のものに変わっている。


耳や尻尾が感情によって勝手に動いてしまうため、隠し事が出来なくなった。


互いに好意を持っていることは周囲にもバレバレだった。


しかし思春期故に素直に慣れないのは変わらない。


彼の事を思うだけで尻尾がフリフリと揺れるが、真っ赤になった彼女はフシャー!と周りの少女たちを威嚇した。


今日も世界は平和である。

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